あなたに夢中

「あ、、キャンディを一袋程買ってきてくださいませんカー?」
「嫌です。ご自分で行ってください、ザークシーズ様」
「あれあれ、キミは上司の命令を聞けないのかな?」
「…………横暴、職権乱用」

ぼそっと呟いた言葉も、彼には聞こえているのだろう。
にこにこ、と笑っているその笑みが怖い。私が買いに行くのを待っている。

「………。判りました、買ってきますよ…」

ここは折れるしかない。
彼に本気を出されたら、命がいくつあっても足りないだろうから、仕方ない。
仕方なく買いに行くとしよう。

「どんなキャンディがいいですか?」
「キミにお任せしますヨ」
「何買ってきても文句言わないで下さいよ」
「ええ、キミが食べたいと思うもので構いませんカラ」
「承りました。買ってきます」

 

それが数時間前の話。
どこで買おうか迷った挙句、下町のマーケットに足を運ぶことにした。

治安はあまり良くないが、品揃えは良い。
この場に足を運ぶと決めていたから、質のいい服は着ずに来た。

大体あの上司がキャンディを買うのは下町のマーケットだ。
お気に入りがあるらしい。
少し前にその店を教えてもらったから、そこで買うことにしよう。

色とりどりのキャンディが並んでいる店の中。
一際気になる甘い匂いがあった。札にはモモ味、と書かれている。
匂いも甘いし、あの甘党には丁度いいのではないだろうか。

「おにーさん、このキャンディ一袋くださいな」
「おっ、それに目をつけるとは!良い目してんな、ねーちゃん」
「…お高いのですか?」
「いや、そういうわけじゃあねえけど、珍しいヤツなんだよ、それ」
「へえ…」

珍しいものなのか。
珍しいのならあの人もまだ食べたことはないかもしれない。

「まいどあり。気ィつけて帰りな」

買ったキャンディの袋を抱えて、急ぎ足で屋敷に向かう。
下町の夜は厄介事が多い。
巻き込まれるのもごめんだから、夜になる前に屋敷に帰りたいのだ。

夕暮れ時にレインズワースの屋敷に着いて、一安心する。
さて、面倒な上司はどこにいるだろうか。

上司の部屋に行こうとして、途中にシャロンお嬢様を発見した。
彼女ならあの上司の居場所を知っているかもしれない。

「お嬢様、ザークシーズ様を見ませんでしたか?」
「パンドラに出向くと言って、出て行きましたけれど…。夜には帰ってくるそうですわ」
「そうですか。有難う御座います」

一礼をして、シャロンとすれ違う。
それから自分の部屋を目指すことにした。

人に買い物に行かせて、自分は外出と。
今に始まったことではないが、買いに行かせておいてこれは酷いのではないだろうか。

夜には帰ってくる、とシャロンが言っていたので、は自分の部屋で時間をつぶすことにした。
この間買ったばかりの本があったはずだ、と思い出し、それを読むことにした。

 

本を読み終えて、窓から見える景色が黒く染まったことに気付いた。
もういい加減、帰ってきているだろう。

部屋の燭台を手に持ち、部屋を後にした。

それから上司の部屋について、軽くノックをする。
どうぞーとゆるい返答が返ってきた。帰宅しているようだ。

「失礼します」
だったの」
「誰だと思ったんですか」
「マァマァ、そんなのはどうでもいいじゃないですか。買ってきてくれました?」

一度溜息をついて、袋を突き出す。
まったく、面倒な上司だ。

がさごそと紙袋からキャンディの袋を引っ張り出し、上司は感嘆の溜息を吐き出した。

「おや…、これは…」
「店主に珍しいモノだと言われたものです。お気に召しましたか?」
「うん、珍しいネェ。この匂いは久し振りだなあ」
「匂いが珍しい…、ですか。とても甘い匂いで、気になったので…」
「桃のキャンディだね。うん、味がしっかりしてるネェ」

キャンディを一つ口に放り込んで、その味を確認してからにこりと微笑む上司に、は安堵の溜息を吐き出した。
こいつ、やっぱり面倒この上ない。


「はい、何です…むぐ、もご」

何かと聞こうと口を開いた矢先、その口の中にキャンディを放り込まれた。
そのまま喋るわけにもいかず、賞味してみる。
香りほど甘くはないが、やはりにとっては甘ったるい。

「どうです?美味しいでしょう」
「…甘すぎます、これ」
「キミは、たまには甘ったるいものをとったほうがいいと思いますヨー」
「…あなたは取り過ぎです。糖尿病になりますよ」
「ご心配どうもアリガトウ。私は糖分がないと生きていけませんのでー」
「…………そのまま糖尿病でくたばればいいのに」
「何かいいましたカ、?」
「いいえ、何も。もう夜も遅いので、休ませて戴きます」

この上司を相手にしていると、普通の仕事以上に疲れる。
自分の買い物で下町へ行くのだったら気分は違ったのだろうが、今回は上司のためにだったのだ。そんなにワクワクもしない。

「あ、。一ついいコトを教えてあげましょう」
「なんですか」
「桃という花の花言葉デス」
「生憎、乙女的な思考は持ち合わせておりませんので、失礼します」

勢いよく閉まった扉を、ぱちくり、と驚いた顔で数秒見つめて、ブレイクはいつもの顔に戻った。

「乙女的な思考は持ってない、ネェ…」

もう一つキャンディを放り込んで、口元に笑みを浮かべる。

「桃の花言葉は、『あなたに夢中』。がそれを知っていて選ぶとは思えないけどネェ…。なんだかくすぐったいね」

笑みを浮かべながら、それにしても甘いなァ、と小さく呟いた声は、誰にも聞こえない。

BGM / Wisdom(妖精帝國)
2009/07/22