レイニークオーツ 5

「……っ、お前さっさとあっちやれ!!!」
「あ、う、うん!」

 突然現れた『それ』に、は驚きを隠せなかった。だが、それに驚いてばかりもいられない。刀を構え、意識を切り替えた。

○○○

 場所を移して、忘れじの面影亭。庭では、竜の子たちの継承をしている。食堂にはミントと、そして突然現れたそれが居た。

「まさか、あんたが持ってきてくれるとは思わなかったわ……」
「俺が望んで持ってきたわけじゃねえし」
「それでも持ってきてくれたことには変わりないんだから。会って早々の喧嘩はダメだよ?」

 そう二人を宥めるように言うミントにが溜息を吐き出す。わかってはいるのだが、つい彼を相手にすると売り言葉に買い言葉になってしまう。

「しっかし、変わんないわねえ、あんたは」

 じっとりと睨みつけるように見る。見られた方は、机に頬杖をついた。

「そりゃお前とは全く種族が違うしな」
「そうよねぇ、悪魔と人間じゃ違うよねえ……」

 はぁ、と溜息混じりに言うに悪魔の少年は呆れながらぽつりと呟く。

「厳密に言えばお前はそうじゃないくせに……」
「何か言ったかな、バルレルくん?」

 笑みを形成している顔と声のギャップが違いすぎる。バルレル、と呼ばれた少年は笑みを引きつらせた。

「何でもねぇよ。ていうか、……、お前なァ」
「何?」
「大事なものを普通、忘れていくか?」
「……それは自分でもバカだなあと思う。ありがとうございました」

 バルレルが持ってきたものは、の養父からきつく言いつけられていた彼女の魔力の制御具の腕輪だった。それがない状態で強力な召喚術を使用すると魔力が暴発してしまう。昔、一度だけ暴発をさせて以来、念のためと持たされているのだが、先日聖王国に報告へ戻った際、忘れて帰ってきてしまった。

「ま、オレ様が居るから大丈夫だとは思うけど」
「本部に帰るんじゃなかったの?」

 確か、そう言っていたはずだ。渡し終わったから帰ると、さっき彼は言っていた。

「最初はそのつもりだったんだが、その……なんだ。また厄介ごとに巻き込まれてるみてえだしよ。仮にも俺は元護衛獣なんだし、居ちゃ悪いかよ」
「……いや、悪くはないし……寧ろ助かる」

 昔の詳しい事情を知っている者なら気軽に相談も出来るし、バルレルとなれば、かつて護衛獣だったのだ。だから、尚更だった。

「あ、、私やることがあったからちょっと家に戻ってるね。ライくんとフェアちゃんにも伝えておいてほしいな。何かあったら後で伝えに来てもらってもいいかな?」
「それならお安い御用よ」
「じゃあ、また後でね」

 静かに扉を開けて、ミントが忘れじの面影亭を後にする。
 そうなると必然的に とバルレルは二人きりだ。まだライやフェアが戻ってきていないし、色々と混み合った話しをしよう。

「あんた誓約解いてやったのになんでがきんちょの姿のままなわけ? つーか何でサプレス帰んないの?」
「あー、その方がこっちの世界だとやりやすいんだよ。魔力の消費も押えられるし……。向こうに戻った所でまたオレは誰かに召喚されかねないし。それだったらリィンバウムに居た方が安全だろ」
「なーるほど。で、バルレル」
「改まってなんだよ、気持ちわりぃな」
「うるせえ黙れ。住むところ……は無い、よね。私の家ってのは決定事項か……。ライたちに任せるわけにも行かないし、これ以上居候増やすわけにもいかないわ……今更どうってこともないかー、一つ屋根の下でも」
「お姉ちゃん……何かいろんな意味が含まれてる気がするんだけど」
「ぎゃ、フェア!」

 いきなり現れたこの宿の主の片割れに、思わず身を引く。気配に気づけなかった。

「一つ屋根の下とは、また表現があれな……」

 ついでにグラッドも沸いて出た。

「いやらしい意味で言ったんじゃないんだけどな」
「そう聞こえるんじゃねぇのか?」

 いひひ、と笑うバルレルに、は杖を勢い良く振り下ろす。それが直撃するかしないかの直前でバルレルの手で押えられた。

「いやらしいのはあんたでしょうがっ!」
「いや、あのさん、本気で殴ろうとしてるっつか……、オレを殺そうとしてねェかそれ?」
「殺してもいいし、それぐらいなんてことないけど?」
「うわ、ヤバイ、目がマジだ……」
「ちょ、お、お姉ちゃん抑えて!!」
「店の食堂で流血沙汰は勘弁してくれよ! ねーちゃん!!」

 ライも戻ってきて、二人が必死でを止めに掛かるものだから、はそれ以上力を込めることができなかった。

「ライとフェアに免じて今回は許してやろう、うん」
「……気にくわねェ」
「黙れバルレル。あんたが私の家に住むことは決定事項でいいんでしょ」
「まあなー。それしかないし」
「誓約かける必要はないよね、ていうか面倒だからやめよう」
「め、面倒だからって……!? いえ、使役されている側からすればそれは喜ばしいことですけれど……。護衛獣とお聞きしましたわ、あなた方誓約していないんですの!?」

 とても驚いた声音のリビエルの声がして、ふとはリビエルを見た。彼女はサプレスの天使だ。バルレルはサプレスの悪魔で……もしかして、知っているのだろうか?

「……な、何か?」
「リビエルって、天使よね?」
「え……あ、はい、まあ、若輩者ではありますけれど」
「……コレに覚えは無い?」

 コレ、と言ってバルレルを示すとバルレルが指で指すなと言う。

「ていうか、この姿じゃ気付かないのが普通なんじゃねえ?」
「あーそうか、そうだね」

 バルレルに言われて気付く。彼の本来の姿はこの少年の姿ではない。狂乱の魔公子と呼ばれた、悪魔バルレル。悪魔と天使は敵対する。敵視されても何らおかしい話ではない。それをリビエルに言おうか言わないか迷って話すのをやめた。
 リビエルには、理解できないまま、はバルレルを引きずるようにして家へ戻っていった。

 

→レイニークオーツ 6

2006/12/29,2012/09/23