レイニークオーツ 8



「っはぁー……」
「盛大に溜息吐き出してるけど……ねーちゃん、どうした、大丈夫か」
「……大丈夫、だとおもう。ていうか、そう思っていたい、かな」

 そう言うの目は虚ろに宿屋内のあちらこちらへと泳いでおり、何処を見ているのか全くわからない。

「……ねぇ、ライ先生」
「何だよ、気持ち悪いな」
「バルレル……、私のあのちっさい生意気な護衛獣見なかった?」
「いつもなら気持ち悪いってその拳が飛んで……ああいや、今日は一度も見てないけど……。どうかしたのか?」

 同じ家で暮らしているはずだろうし、護衛獣だと言っていたのに一緒に居ないというのも不思議なことではあるが、主人が護衛獣を探しているとはどういうことだろうか。何かあったのだろうか、とライが小首を傾げるとはまたため息を吐き出した。

「……最近、妙に避けられてるのよアイツに」
「何で」
「その代わり、セイロンとグラッドが良く来る」
「……それは、またいろんな意味で辛いな。さしずめ、セイロンはねーちゃんのことを気に入って、グラッドはねーちゃんのことを心配して、ってとこか」
「大当たり。しかもセイロンは色々聞いてこようとするから質が悪いのよもうやんなっちゃう……。私、何か悪い事したっけ……」
「ねーちゃんは悪者をやっつける側だろ……。ほら、今日のデザートの残りだけどケーキでも食べて元気だせよ」
「ん……、ありがと」

 出されたケーキにフォークを刺そうとしたと同時に、忘れじの面影亭の開けたテラスに、上空からバルレルが急に姿を現した。
 その形相があまりにも怖いものだから、は手に持っていたフォークを落としてしまう。

「朝から居ないと思ったら急に現れて……。なに、どうしたの? びっくりしたじゃない」
「……家に居ねェから、ちょっと探しに」
「探すような用事があったんだね?」
「ああ、あんまり良い知らせじゃねぇけど……」
「……家に一度帰ろう。ミントは? 呼んだほうがいい?」
「呼ばなくて問題ねえ、ウチの問題だ。……たぶんそのうち、あの駐在の耳にも入る」
「……そう、わかった、じゃあ……」

 帰ろうと椅子を立ち上がると、それにライが気づいて「あっ!」と声を上げた。何かと振り返ると冷蔵庫を開けている。

「帰るならそのケーキともう一つ、護衛獣のアンタ、バルレル、だっけ? アンタのも持って帰れるようにまとめるから、ちょっと待っててくれよ!」
「お、おう………。……オイなんだァ、いいやつじゃねェかライとかいうの」
「でしょー。いい人ばっかよココ。ミントもいるし」
「……ほだされたな、オマエ」

 はっ、と笑いながら言うバルレルに対して、てへ、と可愛く言ってみるもののジト目を向けられる。
 そんなことをしていたら、不思議な目を向けられながらライから包箱を渡された。ライにお礼を言って宿屋を後にする。
 昼下がりとあって、少々人気の少なくなった街中を歩きながら自宅へつき、家の棚からミント特製の紅茶を入れた瓶を取り出す。

「散歩してたらよォ、黒騎士とあのオトコオンナに会ってよォ」
「誰のことを言ってるのかわかるけど、イオスにオトコオンナって言うんじゃないわよ」
「へいへい。ま、巡りの大樹自由騎士団、だな。アイツら、視察に帝国来てたんだと。で、『紅き手袋』が動いてるって情報を手に入れたから、調査に切り替えたんだと」

 紅茶を淹れたのを目視すると、バルレルはライからもらったケーキにフォークを刺して口に運ぶ。口元が形成する笑みからして、どうやらこのケーキを気に入ったらしい。

「『紅き手袋』……、はあ、せっかくの平和な日常もそう長く続かないのね。来ていたのはルヴァイドとイオスだけ?」
「んー……、あとなんか若い剣士がいたな。イオスのやつが飛んでるオレに気づいて声をかけてきたから、ついでにオマエがトレイユにいるのも話しておいたけどよかったよな?」
「うん、構わないわよ、なんかあったら協力くらいはするし」
「それだ、『有事の際は協力してもらえると助かる』だとよ」
「うわっ、何かある前提じゃないそれ。……あ」
「んだよ」
「晩御飯の食材がない」
「はあああああ?? チッ、しゃーねェな、後ででかけんぞ」
「すっかり人間の生活に馴染んだわよね、バルレル。うんうん、ありがとうありがとう、お酒も買ってあげるわ」
「っしゃきた! 食ったらすぐ行くぞすぐ!」
「ったくもー、現金な奴」

 けらけら笑いながらケーキを食べて、紅茶を飲んで、こんな時間が続けば幸せだし平和なのに。そんなことが続かないのは分かっている。身を持って体験してきているし、今だってそう、『紅き手袋』の話が出てきた時点で、平和な世の中とは無縁なのだと思い知らされる。

 ケーキを食べ終えて、軽く身支度を整えて中央通りへ。食材の買い物をしていると、たくさんの旅人に混じって見覚えのある姿が見えた。
 大きな鎧に身を包む長髪の男性と、女性に見間違える綺麗な風貌の男性。男性だと知っていなかったらこうは表現しない。バルレルが会ったのが昼前だとしても、意外と早い到着だ。

「ルヴァイド、イオス!」
か!」

 はっと振り返って、の名を呼んだイオスの顔や声がどこか焦燥しているように見える。この表情、何かあったに違いない。隣で荷物を持っているバルレルの顔も少々険しい。

「その焦燥っぷり、何かあったわね」
「……っ」
「ああ、バルレルに伝えておいたところ申し訳がないが」
「ルヴァイド様!」
「この辺りであれば、住んでいるのほうが詳しいだろう。トレイユへ向かう途中、仲間の一人がはぐれてしまったのだ。先に街に着いているかと思ったのだが、そうではないらしくてな」

 言葉にこそしないが、恐らくは『紅き手袋』と交戦したのだろう。少しばかり血の臭いがする。

「……仲間……、もう一人……、バルレル」
「ああ、若い剣士がいねェな。ソイツか」

 チッ、とバルレルが舌打ちしたのが聞こえて、まあまあと宥めようと顔を横に向けると視界の端に慌てて走ってくるライとフェアの姿が入ってきた。

「ライ、フェア!」
「ねーちゃん! 晩飯の買いもんか?」
お姉ちゃん! ごめん、今怪我人が……私たち急いでて、またあとでね!」
「怪我人……? 待ってフェア、手伝うわ! 知り合いの仲間かもしれないのよ!」
「なんですって!?」

 

→レイニークオーツ 9

2015/05/30