nothing

「…」

ケテルブルグの白い空。
見上げて、 は盛大に溜息を付く。

もう何も無い。
これで、終わりだと。

 

―――それは、つい数時間前。
いつもの喧嘩…だった。

がジェイドに相談を申し出て、ジェイドがその相談を受けていた。
それも良くあることで、それが喧嘩(じゃれ合い)に発展することが殆ど。

「茶化さないでよ…っ、ジェイドの馬鹿…!!」
「相談に乗ってあげたというのに馬鹿とは失礼ですね」
「やっぱりあんたに相談したのが悪かったわ! もういい、勝手にさせていただきます!!」

そういうなりバタバタと駆け出してゆく をジェイドは横目で見、それから本へと視線を戻した。

「馬鹿ですねぇ…そんな相談、私にしても真面目に答えるわけが無いでしょう」

の相談。
それは―――。

「第一、そんなこと…私が答えるなんて。…簡単に死ぬにはどうすればいいかなんて」

だから、茶化してやった。

「命を…粗末になんて」

それから、数時間後に雪合戦で遊んでいたはずのルークたちが想像しない形相で部屋に入ってくるなんて、ジェイドは考えてもいなかった。

「ジェイド、 は!?」

かなり焦った様子でルークがジェイドに聞く。

「どうしたんですかそんな形相で。雪合戦で負けて悔しさの余りに顔が歪みましたか?」
「確かに雪合戦で負けっぱなしだったけど…。…じゃなくて!だから、 は!?」
「… ですか?先ほど逆ギレして飛び出していきましたが」

そうジェイドが言うと、何だって!?とガイの声が上がる。

「? 何かありましたか?」

皆の険しい表情に1人だけ状況把握が出来ずに眼鏡の奥の紅い目が、光る。

「それが…さっき…、となると、旦那と喧嘩して逆ギレして飛び出してきたときか。たまたま俺らが目撃しただけなんだがな、 、チンピラどもに囲まれてて…」
「それで?どうかしましたか?」

はそれら如きには負けないはずだ。

「あいつ…上級譜術を…!!!」

それは、誰もが知っている事実だった。
彼女は―――音譜士の『レプリカ』、なのだ。
レプリカのため譜術を使うと異常な程体力を消耗してしまうのだという。
事実彼女が譜術を使った直後倒れこんで目を覚まさなかったことがある。

「それで…っ、何処へ?!」

普段冷静なジェイドも慌てた。
彼女が飛び出していった原因は自分にあるから。
いつもと同じだと思っていた。
けれど、それが、違う方向にいって…。

「街の外の方です」

ティアが答える。
それを確認するとジェイドは真っ先に走り出していた。
俺たちも探すぞ!とルークが意気込み走ってゆく。
そんな中、ティアは少しばかり疑問に思ったことを口にした。

「何かものすごく…」
「ものすごく?  どうしましたの、ティア?」
「あ、いえ…何でもないわ。 を探しましょう」

―――あの時…ものすごくさびしそうな顔をしていたのは…。
気のせいなのだろうか、と。
ティアは、心の奥底で呟いた。

 

「はは…馬鹿だよね」

は、雪の降りしきる空を仰いで呟く。
彼女の顔は青ざめていた。

「ムカついてたからって譜術ぶちまけてさ…」

自分の身を滅ぼすものだと判っていたのに。

「…ホント…馬鹿…」

でも、いいや。

「どうせ…」

私は、レプリカだから。
能力もオリジナルに比べれば劣化している。

捨てられて当然。
死んだとしても、構わないのだろう。

「……ぅ…く…っ」

そう考えたら、涙が出てきた。

死にたい、そう考えてもいざ死ねるわけじゃない。
だから、簡単に死ねる方法があるかと、尋ねた。
そのときは、死にたいと思っていた。

けれど。

「死にたくないよ…」

自分は望まれない命だったとしても。
1人の人間として生きている。

だからオリジナルとは違う。
別の人間。
けれど、声も容姿もオリジナルに似ている。
ある一種の、コンプレックス、なのかも知れない。
だから、死にたいと、そう願うのかもしれない。

「―――…」

ジェイドに真面目に聞いたのに茶化されるし。
それで怒って苛立ってるからって譜術ぶちまけるし。

あぁ、もう…。
どうでも、よくなってきたかもしれない。

身体が、冷える。
譜術を―――しかも上級譜術を発動させた代償の体力の減少は著しかった。

「…あ………」

身体から、力が、抜ける。
がくん、と雪の上に膝を付いて倒れる。
身体が冷え切っていて、雪が冷たく感じない。

「…―――…」

は何か呟いて、意識を手放した。

 

は!?」
「見つかってませんわ…!」
「街の周りは探したし…」
「街の中に戻ってるとかは!?」
「それも考えられるが…」
「では、皆さんは街の中を探してください。私はもう少し外を探して見ます」
「―――は!?」

ジェイドの言葉にルークが間抜けに返すが、ジェイドは更に雪の中奥へ行こうとする。

「ここはケテルブルグです。私の故郷ですよ? 土地勘は私の方がありますから」

だから、皆さんは街の中で探してください。
そういい終わると、雪景色へと姿を消した。

「あ、おい、ちょ、ジェイド!!!」

ルークの声はジェイドに聞こえていたのか判らない。

「…ジェイドの旦那…あれでも気にしてるのかもな」
「何がですの、ガイ?」

ナタリアに問われて、ガイは言う。

「だって、 が外に飛び出していったのは旦那と喧嘩したからだって言ってただろ?」
「あ…」
「だから…」
「まぁ、後のことは大佐に任せればいいんじゃないかしら?」
「で、でも雪が凄いですわよ!?」
「確かにそれは…心配だけど…」
「大佐なら大丈夫だよ。死んでも死ななさそうな人だし!」

皆、ジェイドが心配だった。
だけれど。

「これで大佐が帰って来たとき街に居なかったら何言われるやら、って感じだし、街の中探してみようよ」

アニスの言葉で、ジェイドが何かまた皮肉な言葉言うのが想像できた。
仕方ないと、そう割り切って皆街の中を探しに街に戻った。

 

雪が強くなっている。
幾ら土地勘があったとしてもこれ以上強くなるとまずい。

…」

何故、彼女は死にたいと言ったのか。
彼女が、レプリカだから、なのか?

彼女は彼女以外の誰でもないと言うのに。

「―――! っ、 っ!?」

彼女の姿を発見した。
が、彼女は半分ばかし雪に埋もれていた。

その彼女を雪の中から出して彼女の頬に触れる。
まるで死んでしまったように、彼女は冷たかった。

死 ん で し ま っ た よ う に 。

「―――っ!!!」

ジェイドは、それだけは考えたくなかった。
―――急いで、街に戻る。

「ジェイド! !」

ルークの声。

が見つかりましたが体温の低下が激しいです。直ぐに暖めないと」

一番暖かそうな場所は―――…。

 

「―――…」

うっすら、と。
ぼんやり、と。
目の前が、映る。

はっきりと意識が戻ってきて。
は、飛び起きた。

「あ、あれ、私…っ!!!」
「…起きましたか」
「ジ、ジェイド!?」
「…私以外の誰かに見えましたか?」

…心なしか、声が低い?

「あの…その…、ご、ごめん…なさい」
「何がですか?」
「譜術を…使うなといわれてたのに使ったこと…とか」
「『とか』?
他にもあるでしょう?」
「…―――」
「おや、だんまりですか」

何か、ジェイドが…怖い。

「…怒って…飛び出してったこと…」
「…他には?」

視線が、痛い。
冷ややかな視線が向けられている。

黙る に、ジェイドがやれやれと言う顔をする。
それから。

俯いて一言も発さない の腕を引っ張る。

「っきゃ…!?」

ぽすり、と。
ジェイドの胸に頭が当たる。
はジェイドの腕の中にすっぽりと収められた。

「…
「は、はい…?」
「…心配させないで下さい」
「―――…!!!」
「それから」
「…?」
「貴方が好きです」

その言葉に驚いてばっと顔を上げる。
そのジェイドの顔は―――見たことの無い苦しそうな顔だった。

「だから、私に心配をかけさせないで下さい…。死にたいだなんて…言わないで…」

微かに…本当に少しだけ、ジェイドの声が震えていた。

フォミクリーという禁術を作ったのはジェイド。
その技術のせいで生まれたレプリカの1人が

ジェイドが を抱きしめる力が強くなる。

「愛しています、この世界の誰よりも。 レプリカだろうがなんだろうが…私は、 という名の、私に相談を吹っかけて来たのに逆ギレを起こして飛び出していった貴方を愛しています」

の顔は紅潮していた。
面と向かってそういわれて、恥ずかしくて居た堪れない気持ちだった。

「その…あ、あのね…、ジェイド?」

直視できなくて上目遣いになる。

「何ですか、 ?」
「わ、私も、ね…その、っじ、ジェイドが好き…、だか、ら…」

―――死ぬかもしれない。
雪の中で倒れて、そう予感した。
そのとき、自然と。

ジェイドに、会いたいと思った。

あぁ、これがそういうこと。
何もないはずのその状態から突然生まれた感情。

「ダメですねぇ…」
「え…?」

何がダメだというのか。
ジェイドは の耳元で呟くように囁く。

「私以外の男には上目遣いはしないように。 襲われますよ?」
「―――〜〜〜!!!」
「…最も、今すぐ貴方を襲いたいのは私ですが」

そういって の顎に手を宛がい軽くキスをした。

「…今日はコレくらいにしておきましょう」

それだけでも。
が顔を真っ赤にするのは十分だった。

2006/03/31