メモリー

 休憩と言ってケーキを買いに行って、1時間も経った頃だろうか。さすがに帰ってくるのが遅い、何かに巻き込まれたのではないかとオービタルに探させたらまだケーキ屋にいるようだ。

「……まったく、あいつは……。WDCが終わって仕事が減ったからと呆けているのか……。オービタル」
「ハ、ハイ!」
「あいつを、を迎えにいってくる。何か問題が起きたら連絡しろ」
「カシコマリ! イッテラッシャイマセ!」

 こうして迎えに行くだなんて、俺もだいぶ甘くなったものだと思う。

 。父さんの助手だと紹介され、ハルトの面倒を見るようにあてがわれた女。本職は父さんの助手で研究者だが、週に何度かは非常勤として九十九遊馬や神代凌牙のいる学校の教師をしている。
 教師の仕事は、ナンバーズの調査のために父さんから命令を受けたものなのだそうだ。

 ハルトはのことを「優しい人だよ」と言った。
 その言葉がなかなか信じられなくて、あいつと喋ろうとも思わなかったし、ハルトに害をなす存在なのではないかと疑い続けていた。

 あいつと会話をするようになったのは、確か……。

「……、ナンバーズ狩りをしていた頃、だな」

 遊馬や凌牙に出会うよりも前、俺がナンバーズハンターとしてナンバーズを集めていた最初のほうだ。一度、あいつに助けられたことがある。
 今思えば生き急いでいるとでもいうのだろうか、そんなふうにナンバーズを集め、連日デュエルをしていた時期があった。連日のフォトンモードの使用が身体の限界に近づいていたのを気づかないふりをしていた。そのせいで、デュエル中に状態が悪くなり、続行が厳しくなった。それを引き継いだのが、あいつだった。

『これからわたしがやることは、誰にも口外しないで』

 がデュエルディスク、Dゲイザーを装着して俺のデュエルを勝手に引き継いだことに憤りを感じたと同時に、デュエリストであるということに驚いた。正直言えば、こいつに、ナンバーズの相手ができるだなんて思っていなかった。

『ねえ、カイトくん。ナンバーズを回収したら、使用者の記憶はなくなるのかしら?』
『……通常は残る。が、必要と有らば、オービタルに消させることはできる』
『そう、じゃあ終わったらよろしくお願いね、オービタル7』

 直後、あいつは場に残っていた俺のモンスターを使い、青眼の白龍を召喚したんだ。かつて、このカードゲームを世界的に広げた海馬コーポレーションの社長、海馬瀬人のみが使用していたという、あの伝説のドラゴンを――!

 エクシーズ召喚を一切行わず、あいつは勝ってみせた。そのデュエルタクティクスには、強いと自負していた俺ですら驚いたものだ。

 ナンバーズを無事に回収できた後、何故が青眼の白龍を持っていたのかが気になって、気付けばあいつの研究室に向かっていた。

『あら、カイトくんが来るなんて珍しいわね。何かあっ……』
『ブルーアイズ……、ホワイトドラゴン……。そのカードは、かつての海馬瀬人がもつ以外に存在しないはずだ……! それをなぜ、お前が使役しているんだ!?』

 一瞬、の表情が陰ったのを覚えている。だが、その時の俺にはそんな人の表情一つ一つを確認して、対応するなんてことはできなかった。するつもりもなかった。

『……そうだね、君には、説明しないとだめだよね。きっと、信じてはもらえないと思うけど』
『そうだ、説明しろ』
『……カイトくん、君は、精霊の存在を信じる?』

 その時は、半信半疑だった。精霊とはなんだ、と彼女に質問もした。俺たちの使役しているカードの一部は実際、霊的な存在として生きているものもあるのだそうだ。そして彼女は、その精霊との間に生まれた、ハーフなのだと。
 最初は頭がおかしいのだと思った。だが、目の前でサイコデュエリストのようなことをされ、そういう力があるということはいやでも思い知らされた。

『わたしね、海馬瀬人が生きていた時代に生まれたのよ。このブルーアイズは彼の形見のようなものでもあるの。あの時から数えきれないほどの年数が過ぎて、伝説のデュエリストである海馬瀬人も、武藤遊戯もこの世にはいない世界になってしまったわ。だから、このデッキは……普段は、外に出さない。あの人との大切な約束だから。ああそうだわ、これを見せればいいかしら……だいぶ古いものだから厳重に保管しているのだけど』

 そう言って、引き出しからひとつの透明な箱を出した。カードかと思ったがどうやら違う。ところどころ傷んでいる、古い紙のようだ。

『これは……』
『当時の、瀬人が社長だったときの、海馬コーポレーションの社員証よ。裏には瀬人が嫌々書いたサインと社印があるの。ほらみて』

 は箱を裏返して見せる。そこには確かに海馬瀬人と書かれ、印が捺されている。

『これね、わたしがイレギュラーな社員だったのもあって反感をかったことがあったの。その時に、牽制になれば、って書いてくれたものなのよ。嫌々だったけど。どうやって瀬人に取り入った、寝とった、とか色々言われたわ。でもね、瀬人はわたしを守り続けてくれたの』
『守る……?』
『さっき言ったでしょ、わたしは精霊とのハーフだって。今でこそサイコデュエリストと混同されることもあるけど、当時サイコデュエリストはほとんどいなくて……カードを実体化させる能力を持っていたわたしは、目をつけられたら厄介だからって……。KC所属、しかも社長の直下だったからね。それなら手は出せないだろうっていう判断。瀬人には、手を出されたら返り討ちにしてやる、とも言われたわ。とても、頼もしい人だったわよ』

 その時のの表情は、とても良く覚えている。少女のように目を輝かせて、嬉しそうに口元で笑みを形成していた。
 が、ここでひとつ疑問があった。なぜそんな伝説級のデッキを、俺を助けるために使ったのか、ということだ。

『普段外に出さないデッキを使ってまで、どうして貴様は俺を助けた』
『どうしてだと思う? ……って質問してもわからないわよね。ハルトくんにね、兄さんを助けてあげて、って言われたの。僕のために無理をするから、って』
『ぐ……』
『……それから、見抜かれちゃって』
『見抜かれた……? 何を……、まさかお前が、精霊とのハーフだ、ということを……か? ハルトならあり得る話だが……』
『ええ、そういうこと』
『そのことを、親父……フェイカーは』
『知らないわ。だから、君も黙っていてくれるととても嬉しいのだけど?』

 先程の浮いたようなまなざしとは対照的に、心の奥を射ぬかれたようなするどい視線に、俺の心臓はどくん、と跳ねた。直感的に、これは殺られると感じた。それを実現できる特殊な能力を、持っているからこそ。

 それ以来、彼女とはよく喋るようになった。カイト、と俺のことを呼び捨てになったのも、俺が頼んだからだ。どうしても、あいつの呼び方は子供扱いしているようで……実際、彼女からしてみれば俺は子供なのだろうが、外見的にはほとんど差のない年齢なのに、子供扱いされているようで嫌だと言ったのは俺だ。

 よく喋るようになって、彼女の心を支えているのは海馬瀬人なのだ、と改めて気付かされた。かの者の話をすることこそないが、何かを見るたびに目を細めて昔を思い出すような顔をする。
 それほど、彼女にとって、海馬瀬人というその存在は大きいものだったのだろう。いつしか、その存在すら憎らしくなった。
 彼女の心をいつも支配している、今は亡き伝説のデュエリスト。亡くなってもなお、心に残り続けるなんて、と思うようにもなった。これが恋をしているのだと気づいたのは、しばらく後だったが。

 ……そんなふうに思い出していたら、彼女がいるケーキ屋についてしまっていたらしい。予想外の人物もいる。

「……凌牙。何故、お前が」
「先に言っておくが、がケーキ食べないかって誘ったんだぞ」
「……
「てへ」
「帰ってくるのが遅いと思ったらお前は……」
「ごめんごめん、九十九くんとは話す機会があるけど、神代くんとはあんまりなかったから……。あれ、オービタルは?」
「置いてきた」
「あら、じゃあ歩き? 珍しいわね、カイトが歩いて出歩くの」
「いつも空を飛んでいるわけではないんだが……」
「わかってるってば。あ、ちょっと待ってね、おみやげ分買うから! 買ったら帰りましょ!」

 店の奥に消えていくの姿に、ふ、と口元を緩めてしまう。それを見ていた凌牙に笑われた。

「……お前、には甘いんだな」
「ああ、それは自覚している」
「自覚あったのかよ」
「……あるさ。俺が気をゆるしているのは、ハルトと……ぐらいだからな」
「……なんで、あいつには?」
「お前に説明する必要はないだろう。……、買いすぎだ」

 二つの手提げを持って現れたに、更に口元が緩む。
 どちらももつから寄越せと言ったが、片方は自分で持つと頑なにいうものだから、片方だけ持つことにした。

 かのデュエリストに敵うことがないのは、もうわかっている。だが、今彼女を守り続けた彼はいない。彼女の隣にいるのは俺だ。
 彼女を守ることを、俺の新たな目的としてもいいのかもしれない。

2013/01/01