社長様はシフォンケーキがお好き

「ありがとうございました〜! あっ、いらっしゃいませ!」
「……シフォンケーキとコーヒーを1つ」
「はい! 520円です。いつものお席ですよね、後でお持ちします!」

(シフォンケーキの人、今日も来てくれたんだ)

 うちの店に来る度、店にある店内用の奥の席、人があまり行かないところに席を取り、コーヒーとシフォンケーキを頼む人がいる。
 実はこのシフォンケーキ、昔からお店にあったものではなくて、半年前くらいにわたしが作ったものを、お母さんの気まぐれでお店に並べたら何気に人気になってしまったものなのだ。それ以来、わたしがシフォンケーキを作っている。学校も、デュエル塾にも行っている都合上、このシフォンケーキは毎日数量限定になっている。
 シフォンケーキを頼むその人は、店頭に並べて2週間ほどしてから急に来るようになった。いつもパーカーのフードをかぶっていて、赤いセルフレームの眼鏡をしている。誰かに似ているとは思うのだけど、それが誰なのかはわからないでいる。

 シフォンケーキの人がいるいつもの席へ、トレイに乗せたシフォンケーキとコーヒーを運んで踵を返そうとすると、お母さんから「、今日はLDSに行く日だろう? お店はいいから早く支度をしな!」と声が飛んできた。接客中だっていうのに気にしないんだから、もう。

「うん、ありがとうお母さん!」

 そうお母さんに返事をして、シフォンケーキの人の席を離れようとしたとき、シフォンケーキの人が、眼鏡の奥からこちらに強い視線を向けている。なにかしただろうかと思って振り向くと、問いが投げられた。

「君はLDS生なのか」
「はい。といってもまだ、1年生ですけど……」
「……そうか。私もLDSでな、君と会うことがあるかもしれないな」
「わあ、本当ですか!? LDSの方にうちでお会いしたのは初めてです! どちらのコースにいらっしゃるんですか?」
「……総合コースだ」
「総合!」

 全ての召喚法を学ぶという総合コース。そのコースの在籍者は強者揃いと聞く。シフォンケーキの人の物言わせぬ視線も、そういったところからくるのかもしれない。

「わ、時間だ……すみません、それじゃあ、失礼しますね! いつもシフォンケーキ頼んでくださってありがとうございます!」

 ぺこり、とシフォンケーキの人に軽く礼をして、前を去る。
 まだ入塾してから半年もしていない、遊び程度でデュエルを学んでいたにとって、LDSの授業は追いつくのも一苦労するものであった。

◯ ◯ ◯

 今日はシフォンケーキの人こなかったな。そう思いながら、授業をうけるためにLDSの自動ドアをほかのLDS生と共にくぐると、急に黄色い声が耳をつんざきホールを支配して驚く。
 皆口々に「赤馬社長よ!」「赤馬零児だ!」とこのLDSを作った親会社、レオ・コーポレーションの社長の名を呼ぶ。そして、その社長に慌てて駆け寄ったスーツの人に、は見覚えがあった。

(あれ、あの人……少し前までうちのお店でよく見かけた人だ。赤馬社長の秘書さんだったんだ……驚いた。じゃあもしかして、買っていっていたのは、社長が食べてたの!?)

「社長、こちらでしたか」
「……中島」
「本日は会議が入っておりましたので、いつもの店のケーキを購入してまいりました。次の会議まで1時間ほどありますので、少しご休憩をされてはいかがですか」
「なんだ、今日はやたらと気が利くな」
「……今日ばかりは抜けだされてしまったら、わたくしどもが困りますので」
「……そう来たか」

 何を会話しているのかはわからないが、一瞬ばちり、と赤馬社長と視線があった気がする。
 あの視線にどこか覚えがあるだなんていやいやまさかそんな、とが自問自答をしていると、社長は秘書と共に奥へと姿を消した。

 奥の、社長室へ続くエレベーターへと足を進めた零児は、ケーキを買ってまで会社からぬけ出すのを阻止した自身の秘書に向き直る。

「……中島。その洋菓子屋の娘のことは記憶にあるか」
「はい、ええ」
「うちの生徒だそうだ。先程ホールにいた。次の会議まで1時間あるといったな、休憩に彼女も招待したい。そろそろ店に通い続けるのは潮時だろうからな……少々頼みごとを相談したいと思っている」
「社長、伴もつけずにそんなに通い詰めていたのですか……。いえ、社長のことですから、出先でなにか問題が起きても解決されてしまうのでしょうけど……」
「……あのシフォンケーキが、数量限定だからな」
「店頭に並んでいるのが珍しいとおもって私が購入してきて以来、ですね。かしこまりました、彼女の名前はご存知ですか?」
「1年、名は……苗字はわからないが、名前がわかっていればデータベースで引っかかるだろう。よろしく頼む」
「は!」

 そんな会話が社長と秘書のあいだで行われていたとはつゆ知らず、が自身の教室の前まで来た時、デュエルディスクが鳴った。画面に表示される名が不明ということは未登録の人物からの通信になる。出るかどうかを一瞬ためらってから、通信回線を開いた。

「……はい、どちらさまでしょうか」
さまですね。わたくし、レオ・コーポレーション社長秘書の中島と申します。この度はさまにお願いがございまして、ご連絡いたしました』
「えっ……?」
『授業の教室にいらっしゃることと思いますが、1階ホール受付までお越しいただけないでしょうか。お受けになる予定の授業はそのままでかまいません。こちらで公欠処理致しますので』
「わ……、わかりました。1階ホール、受付ですね。伺います」

 は来た道を慌てて戻る。社長秘書といえば、買いに来てくれていた人だ。間違いない。社長秘書から直々の呼び出しだなんて、なにか失礼をしただろうか。
 そう考えながら1階ホールに着き、受付まで行くとその社長秘書、中島の姿があった。やはりよく買いに来てくれていたお客さんだ。

「あ、あの、お待たせしました、です」
「これから授業のところお呼び立てしてしまい、申し訳ございません」
「い、いえ! あの、お願いというのは、一体……」
「こちらではお話ができませんので、場所を移させていただきます。ご案内いたします」
「はい……」

 そうして社長秘書の後をついて、職員以外立ち入り禁止のエリアに足を踏み入れる。LDS生では決して入ることの出来ない場所だ。
 見慣れないエレベーターホール。いくつかあるエレベーターの中で、最も奥にあるエレベーターが到着し乗り込むと、ボタンの少なさに驚いた。LDSの区域を含むこのレオ・コーポレーションのビル全てなら何階分必要なのかはわからないが、明らかにこのエレベーターは特定の場所のみへいくものだ。

 重力が緩やかにかかり、エレベーターの動きが止まる。そして開いたエレベーターの扉の向こうは、舞網市を一望できるであろう大きなガラス張りのワンフロア。とてつもなく広い部屋だった。
 そのガラスから差し込む光が、ワンフロアにぽつんと存在する机と、その横に立っていた人の影を成す。

「……シフォンケーキとコーヒーを1つ」

 よく通る声が、の耳に届く。この声は、いつもシフォンケーキを食べに訪れる――。

「シフォンケーキの人……?」
「ふ、君の中では私はそう呼ばれていたのか。改めて名乗るとしよう。私の名前は赤馬零児、レオ・コーポレーション二代目社長だ」
「え……!?」

 社長秘書に続いて、その影に近づいてやっとはっきりする。赤いセルフレームの眼鏡に、その奥の鋭い瞳。誰かに似ている。そう、いつも思っていたのは間違いではなかったのだ。

「赤馬社長、だったんですね。誰かに似ているとは思っていたんですけど、誰なのかまではわからなくて、ずっともやもやしていたんです」
「……そうか。中島……そこの私の秘書が、いつも君のご実家の店舗に買いに行っていたのだが、ちょうど半年くらい前にシフォンケーキが店頭に並んだだろう」
「あ、はい……。偶然だったんですけど、思ったより人気が出て、数量限定で店頭に……って、それはご存知ですよね」
「ああ。中島が珍しいとその日買ってきてな。……以来、君の作るシフォンケーキが好きで、君に声や顔を覚えられるくらいには仕事を抜けだして、店舗まで食べに行っていた」

 社長に気に入ってもらえていたなんて。しかも、社長自らあししげく通ってくれていたなんて。
 は驚きと感動が入り混じり、目を丸くする。その感動もつかの間、自分がこうして社長室まで呼びだされたということを思い出し、なにか失礼をしただろうかと不安が改めて襲ってきた。

「ご、ごめんなさい! あ、あの、わたし、お店で何か社長に失礼を……」
「いや、そうではない。どうか顔を上げてほしい。先日、君がLDS生だと知って、さすがにこれ以上は身元がばれてしまうだろうと思い、こうして君に頼みがあって呼びつけてしまったのだ。申し訳ない」
「え……。社長が、一介のLDS生に頼み……ですか?」
「LDS生だから、ではない。君があのシフォンケーキを作っているからだ。その、頼みというのがだな……」

◯ ◯ ◯

 授業開始時間の2時間前。お店の箱を手にして、裏口から特別ゲストのIDを通して入る。
 最初はおっかなびっくり、恐る恐るという形で不審な目で見られたこともあったけれど、今となっては少し慣れて、警備員のお兄さん方に自然と会釈をできるようになった。

 エレベーターホールで社長室への直通エレベーターに乗り込む。重力に逆らう浮遊感が少しして、しばらくぼうっと待っていると、エレベーターのモニターは社長室の階を示す。それを見てわたしはぼうっとしていた表情を引き締める。

 ――チン、と到着の音が聞こえて、扉が開いたら一歩前へ。

「いつものケーキ、お届けに参りました!」
「……ありがとう。では、休憩にしよう」

 そうして、社長とわたしの、秘密のお茶会は始まったのだ。

2016/02/23
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