アクアノーティス

 璃緒の見舞いに行った帰り、病院の廊下で水族館のチラシを見つけた。
 その水族館は昔、璃緒と一緒によく行っていたところで、最近は……璃緒がこうして入院してからは行ってなかった。

 気晴らしにもなるか、と思って、俺は水族館に寄ってから帰ることにした。

 水族館までバイクを飛ばして、学生証を提示して学生価格で入る。こういうとき学生っていいもんだな、って思う。
 入って、館内をざっと見渡してみると、昔あいつと一緒に来たときとは違って見えた。それはきっと俺が成長して、背が伸びたからだろう。視界に飛び込んでくる水槽が、とても小さく見えた。

 ひと通り回って、鮫の水槽の前の休憩スペースに腰を掛ける。見たらすぐに帰ろうと思っていたのだが、水族館の暗闇というのは不思議と落ち着くものでしばらくぼうっとしていたい気分になったんだ。

 俺は「シャーク」だなんてあだ名で呼ばれるように、水属性モンスター、それも鮫の名前がついたモンスターをメインにしたデッキを使っている。 いつからシャークだなんて呼ばれるようになったのか、はっきりと覚えていない。

「シャーク、ねえ……」

 自分のあだ名にふ、とため息を吐き出しながら苦笑して、目の前の大きな水槽を泳ぐ鮫を見る。こいつらみたいに大きいわけでもないけど、喰らい尽くそうとするのは復讐心に燃えていた俺みたいだ、とは思う。

 さて帰るか、と立ち上がると、俺を見る視線があったことに気づいた。水槽を見ていて気付かなかったなんて俺らしくない。
 視線の方を振り返ると、そこにはスーツに身を包んだ女がいた。顔立ちは綺麗なほうだ。デッキがあるのが見える……デュエリストか。

「……神代凌牙ね」
「ああそうだが、俺に何の用だ。デュエルなら……」
「戦いたいわけじゃないわ。たまたま、ここに来て、あなたを見つけて。鮫を見ているなんて、シャークと呼ばれているあなたらしいと思って」
「好きなんだよ、鮫が」
「私も好きよ。懐かしくなる」
「そうかよ」

 この女、何が言いたいんだ。知り合いというわけでもない。わざわざ話をしてやることもないだろう。
 俺はその女の横を通り過ぎ、出口へ向かおうとして、女は声のトーンを落として、俺だけに聞こえるように言った。

「妹さん、大切にしなさいね。あなたの弱点は彼女だもの」
「な……っ、お前、まさかバリアンの……!!」

 だとしたら今ここで、と俺が食ってかかろうとすると、シャークと俺を呼ぶやたら元気な声がした。遊馬だ。振り返ってみると隣には観月もいる。二人揃ってご登場かよ……。
 遊馬は俺の方ではなく、女のほうを見ると知っているというような顔した。

「あれっ、先生じゃん!」
「こんにちは、九十九くん、観月さん。二人で水族館だなんて……」
「あっ、その、先生違うんです! 課題で調べることになって、実際見てみようってことになって……!」
「あら、私はまだなーんにも言ってないわよ?」

 くすくす、と笑う女……先生、うちの学校の教師ってことか。遊馬や観月が話をしている様子からすると、この女は俺の学年の担当ではないのだろう。
 怪訝そうに俺がその女……を見ていると、遊馬が俺に「シャークも課題か?」なんて聞いてくる。学年が違うんだから同じ課題が出るわけがないだろうが……。それを観月が指摘して、「あ、そっか!」なんていつもの調子でいいやがる。こいつは本当にお気楽だな。

「それじゃ、私はお邪魔しないように帰るわ。また明日学校で」
「おう! 先生またな! あ、なあなあシャーク、クラゲってどこにいるか知ってるか?」
「クラゲなら向こうの通路の奥だ。……俺は用があるから帰る。じゃあな、遊馬」

 遊馬は人を疑うことをしない。きっと、あの女がバリアンの刺客かもしれないだなんて考えていないはずだ。
 俺は館外に出たを追いかけ、呼び止めた。もしこいつがバリアンの刺客だというのであれば、今ここで倒す。そう思って睨みを効かせて呼び止めたというのに、はへらっと俺に笑いかける。その顔の作りの綺麗なこと……って俺は何を考えているんだ。

「なあに、神代くん」
「白々しい。うちの学校の教師ならそう言えよ。それに、璃緒のこと……あんたは何を知ってるんだ」
「知らないのよ、知らないから調べてる。ナンバーズのこと、アストラル世界のこと、バリアン世界のこと……。ああそうだった、自己紹介をしていなくてごめんなさいね。私は。君の学校で、遊馬くんのクラスの副担任をしているわ。それから、Dr.フェイカーの手伝いをしている研究者よ」
「Dr.フェイカーを、だと……」
「情報を得るには一番良かったからよ。今は彼のところにいるよりも、あなたや遊馬くん、カイトの側にいるほうが情報を得られる。そう考えて、あなたにも接触したわけ。敵ではないわよ、味方……とも言い難いかもしれないけれどね」

 一瞬すっと目を細めた。味方とも言い難い、けれど敵ではない。今のところは手を出すつもりはない、といったところか。気は抜けないな。
 俺が一安心したのに気づいたのか、は顔の表情を緩めた。と同時にのDゲイザーが鳴った。

「げ、カイトだ」
「Dr.フェイカーを手伝っていると言ったな」
「そうよ、だからこうやってカイトから連絡が来ているわけで……。はい、なにカイト。仕事ならさっき終わったところよ?」
『それにしては遅いだろう。ハルトがお前のことを待っている』
「ごめんね、ちょうど神代くんに会って……ちょっと話をしていたの」
『凌牙だと?』
「うん、目の前にいるわよ。そのうち会うことにはなるとおもっていたけど、先にご挨拶しただけよ。ねえ、カイト、ちょっと時間かかりそうだから迎えにきてくれない? あのケーキ屋のケーキまだ買ってなくって……ハルトくん、楽しみにしてるでしょ?」
『ったくお前は面倒な奴だな……』
「そんな盛大に呆れなくてもいいじゃない。いいわよーだ、迎えに来てくれないならカイトのケーキ買わないからー。フェイカーとハルトくんと私で食べるもーん」
『なっ……貴様……! すぐに行く、そこで待っていろ!!』

 プッ、とDゲイザーの通信が切れて、は笑い出した。
 この反応からして、予想通りといったところか。カイトの動かし方を知っているということは、それなりの長い付き合いがあるのだろう。例えば、家族に近い存在、とか。それとももしかしてあのカイトの……恋人、とか?
 ……一体なにを考えているんだ俺は、馬鹿馬鹿しい。あいつに恋人がいたところでどうこうするわけでもないんだし。いたとしてもおかしい話ではない。

 だからなんだ、と俺が自問自答しているとカイトはオービタル7の変形したバイクであっという間にやってきて、は嬉しそうな顔をする。
 ……これ、もしかして本当にそうなんじゃないのか?

「じゃあね、神代くん。また学校で」
「……ああ」

 姿が遠くなっていっても、俺はぼうっとそれを見ていた。のあの嬉しそうな顔が離れない。なにか、カイトに負けたような気すらして……。

 ちくしょう、印象最悪だってのに、カイトに向けていたあの嬉しそうな顔を向けられてみたいなんてどうかしてる。

2012/11/07
ハートランドシティはきっと
14歳がバイクを運転できる世界なんだろう