アンコンシャス

「こんにちは、神代くん」

 俺は、とりあえず学校には行っていて、授業には出ていない状態だった。今日もサボるか、と屋上への階段を登っていたら聞こえた声がこれだ。
 振り向けば、水族館で決していい印象とは言えない挨拶をされてから、何日が過ぎたかわからない女がいた。

「……、センセ」
「あら一応先生、って呼んでもらえるのね」
「まあな、一応、学校だしな」
「問題児が今さら……」
「好きで問題児扱いされてんじゃねえよ」

 ったく、何しにきやがったんだ。そう俺が言うと、はふわ、と笑った。この間カイトに見せた顔とは、違う。俺が見たいのはその顔じゃない。俺が向けられたいのは、その顔じゃない。

「今日のこの時間は担当がなくて。気晴らしに屋上に行こうと思ったらあなたがいたのよ」
「そうかよ」
「いつもそうやって授業サボってるの?」
「……まあ、そうだな」
「授業には出る気はないの?」
「ねえよ、めんどくせえ」

 かつん、かつんと残りの階段を上がって屋上の扉を開ける。

「あんたもサボんのかよ」
「私はおやすみよ。……あなたの特等席にお邪魔してもいいのかしら?」
「別に、特等席ってわけじゃねえよ」

 変なところ気ぃ使いやがって。

 屋上のベンチに鞄を放り投げて、その隣にどかっと座る。何をするでもなくこのまま考え事をしていることがほとんどだ。

「隣座っても?」
「好きにしろよ」
「じゃあ、好きにするわ」

 が鞄ひとつのスペースをあけて隣に座って空を見上げた。俺はそれをちらと横目でみて、頭の後ろで腕を組む。

 情報を集めるためにフェイカーの下で研究をし、今はカイトや遊馬の近くで情報を集めている。敵か味方かはわからない。
 こいつは、カイトの前ではとても嬉しそうな顔をして笑った。俺はその顔を向けられたいと思った。
 俺にある情報は、この程度だ。

 横目で見ていたはずだったのだが、いつの間にかじっと見ていたらしい。その視線に気づいたが、私の顔になにかついてる?と俺に聞いてきた。そういうわけじゃない。

「じゃあ、どういうわけ」
「……あんた、カイトの前で笑ってたな、って」
「意外?」
「カイトもあんたには気を許してる、って感じだったしな。そっちが意外だった」
「そっか、そうだよね。あの子……ハルトのことばかりだから。でも、根はいい子なのよ?」
「そんなん、俺だってわかってる。兄弟のために……なのは、俺も……同じだし」
「……そっか」
「カイトは、なんであんたに気を許してるんだ?」
「さあ……なんでだろう。ハルトくんの面倒をみるようにフェイカーからいわれて、それから話をするようになったんだけど……。最初はとても冷たかったわ。急に現れた得体のしれない奴が、大切な弟の側にいるんだものね。カイトでなくても警戒するわ。あ、私一度倒れたことがあって……それからかしら、彼が私にも世話を焼いてくれるようになったの」
「じゃあ、あんたが倒れてたときに何か言ったんじゃないのか」
「かも……ね、そうかもしれないわね。それで同情してくれているのかもしれないわ。そんなにカイトのこと気になる?」
「あいつの……ってわけじゃねえよ。不思議だっただけで。あんたがなんであんな楽しそうに笑うのかって思ってさ」
「私が? ないない。カイトの相手するの疲れるだけだもの」

 なら、あの笑顔は自覚がないのか。たちが悪い。

 授業の終わりを告げるチャイムがなって、はこの場を去っていった。その時向けられた笑顔も、カイトに向けられていたあの笑顔ではなかった。

「無自覚の恋、か……」

 きっと彼女は、そうなんだろう。そうであってほしい。無自覚なだけなら、向かせることもできるかもしれないから。
 そこまで考えて、はたと我に返る。振り向かせようとしている、だなんて。

「……先に落ちたのは、俺か」

 前途多難だ。

2012/11/08