あふれる

 最近、雑賀の隠れ家の近くにあるパン屋に、不思議な女性が仕事にきている。話を聞くと、彼女は、いろいろな街を転々としているらしい。転々としている間に色々なことがあったのだろう、彼女は俺がマーカー付きであることや何をしているのか、といったことは一切聞かなかった。

 彼女と俺は、店員と客。ただそれだけの関係でしかなかった。

「いらっしゃーい! ってあら、遊星くんじゃない」
「……ああ、 さん。今日も元気なようだな」
「販売業は元気が取り柄だもの! 今日は何買いにきたの。あ、そうだ、雑賀さん……だっけ、昨日も来てくれたのよ。ベーコンパイ、気に入ってくれたみたい」
「そうか、それはよかった」

 雑賀は元々この店にはよく来ていたようで、店長とも仲が良いようだった。確かにここのパンは美味い。俺も、外出しているときによく寄っている。

 アルカさんと他愛もない話しかしないのは、彼女のような一般人を巻き込みたくはないと思っていたし、彼女はデュエリストではないとおもっていた。だから、そういう話は、全くというほどしていなかった。

 そんなある日の夕暮れ時、店以外の場所で、アルカさんを見つけた。彼女は、ストリートデュエルをしていた。

「……レベル3、カオスエンドマスターと、レベル4、結界術師メイコウをチューニング! シンクロ召喚! 現れろ、レベル7、エンシェント・ホーリー・ワイバーン!」

 正直言って、驚いた。カードを持たない人は少ないとはいえ、彼女もデュエリストだったということに驚いた。

 アルカさんが普段、店では絶対しないような鋭い眼光で、デュエルをしている……。彼女がデュエルをするときは、こうなのか、としばらく魅入っていた。
 店で笑顔を振舞っている、明るいアルカさんではない。非常に落ち着いた口調でデュエルをしている。これが普段の彼女なのだろうか? デュエルのときだけなのだろうか?
 ふ、と見たデュエルディスクは、だいぶ使い込まれているようだ。ということは、彼女は熟練者か。

 デュエルは、彼女の召喚したエンシェント・ホーリー・ワイバーンが、ダイレクトアタックを決めて、アルカさんの勝ちで終わった。

「ったく、勝負仕掛けてくるなら、もうちょっと歯ごたえあったって……って、遊星くん!? み、見てたの!?」
「ああ、すまない。見物させてもらった」

 彼女は俺に気づくと、ばつが悪そうな顔をして、デュエルディスクとデッキをしまった。

「はー……、デュエリストだって、バレないようにするつもりでいたのになあ……」
「どうしてだ?」
「……めんどうくさいっていうか、まあ、いろいろとあって」
「……そうか」
「遊星くん、不思議ね。聞こうとはしないのね」
「聞いて欲しいのか?」
「聞く必要もないわ」

 ぴしゃり、と自分から絶つ。それほど、言いたくないのだろう。俺はそう理解して、デッキのことを聞くことにした。

「そういえば、アルカさんのデッキは光属性なのか?」
「え、なんで?」
「さっきのデュエルで召喚していたのは、光属性チューナーのカオスエンドマスター、同じく光属性の結界術師メイコウ。その2体でシンクロ召喚をしていたのだから、光属性のシンクロモンスターだろうと思って」
「ええ、正解。さっき召喚していたのはエンシェント・ホーリー・ワイバーンね。この子は相手とのライフポイントの差分、攻撃力が上がるの。元々は2100なんだけど、相手と1200、ライフポイントの差があったから、この子の攻撃力は3300。逆にわたしのライフが少なかったら、その分攻撃力が下がるのよ」
「なるほど。アルカさんのそのデュエルディスク……、相当使い込まれているみたいだな。今度、お手合わせ願いたい」
「わたしと? きっと遊星くんのほうが強いわよ。なんたってフォーチュンカップのキングなんだから」
「知って、いたのか……」
「あれだけ大々的に報道されているんだもの。根も葉も無い噂とかいろいろあるんじゃない?」
「ああ……そうみたいだな」
「あれ、気にしてないの?」
「噂なんて一過性のものだろう。それに、真実は知っている人が知っていればいいさ」

 その言葉に、アルカさんはそっか、とだけ短く言い、足を動かす。どうやら帰るようだ。

「送っていこう、日も暮れてきているから」
「あら、ありがとう」

 そこまで考えて、彼女の家がどこにあるのか知らないことに気づく。あのパン屋に住み込みで働いているというわけではなさそうだったし……。

「家はどこなんだ?」
「シティの広場のすぐ近くよ」
「そこからいつもあのパン屋に?」
「うん。ちょっと色々調べ物とかあって、ダイモンエリアに用があったから、近いあのパン屋で仕事をさせてもらってるの。しばらくしたらシティで別の仕事を探すところよ」
「そうなのか……」

 彼女があのパン屋での仕事をやめたら、会えないかもしれない。そう思いながら、彼女の隣を歩く。

 出会った頃から、彼女は不思議な感じがしていた。なんとも、言葉に表すことができない感じがあって、それがなになのか分からない。
 デュエリストであるということも今日知ったばかりだ。彼女の知らない部分が多すぎる。パン屋で働いているデュエリスト、使うデッキは光属性で、住んでいるのはシティの広場の近く。それだけしか分からない。

 カードやデュエルの話をしながら歩いて、ふ、とアルカさんがマンションの前で立ち止まる。

「あ、ここよ。わざわざ送ってくれてありがとう。遊星くんも気をつけて帰ってね。マスコミに捕まらないように」
「ああ。それじゃあ、また今度」
「ええ、またね」

 マンションの中へ消えていくアルカさんの姿を見送り、俺は自分の仮家への道を歩き出す。
 まだ喋り足りない、と思った。もっと彼女といろいろな話をしたい。彼女のことをもっと知りたい、ただ純粋に、そう思った。

みらいいろ
2012/03/15