あたりまえのこと

 この世界に来てからというもの、驚くことは沢山あった。私は記憶が無いとはいえ、この世界は少し、常識から外れている。
 この世界の神、MZDと言ったかしら。彼は彼で突拍子も無くとんでもないことをやる。空を飛んでしまったり、大きなものを何も無いところから作り出してしまったり、挙句に自身の気分で天気すら変えてしまう。
 世の神が常識はずれだから、この世も常識から外れているのかもしれない。

 私は今、『和吟街』と呼ばれる『地球』の町に居る。その町の居酒屋の2階に住まわせていただいているわ。
 実はこれも、神が配慮してくれたもの。ここのオーナーのハニーさん、それから妹さんの紫さんとは結構古い知り合いだと言っていた。その伝で私はこの家で過ごしている。姉御肌の一ノ妙姉さんと一緒に。

 一ノ妙姉さん。私は姉さんと呼んでいるけれど、最初は姉さんとは呼べなかった。何でかって聞かれればわかる。姉さんの外見のせい。
 姉さんは誰かに作られた『お人形』だと聞いた。確かにそれは見ればわかることだけど、姉さんは『生きている』。意思を持って、行動しているの。それは私たち、『ヒト』と変わりないでしょう。
 この世界へ来て、神に一通り説明はされたけれど。よくわからなくて、一から全て教えてくれたのは姉さんだった。だから私は、姉さんって呼ぶようになった。それが普通になっていて。今もずっと、これからもずっと。姉さんが壊れてしまうか、私が死んでしまうまで。一緒なんだろうなぁ。

「あ、一京。帰ってきたんだ?」

 姉さんが扉の方へ声をかけたのを見て、私も顔を上げた。そこには枇杷を持った人が居る。
 一京さん。枇杷法師をしていると姉さんから聞いた事がある。姉さん、それから紫さんと仲がいい人。私も色々お世話になった。

 喋るのにはまだ慣れて居ないから、私は深々とお辞儀をする。私が顔を上げると、一京さんはその大きな手で私の頭を撫でて、「ただいま」と言ってくれた。

「おかえりなさい」

 頑張って声に出してそう言ったら、一京さんは私に笑顔を向けてくれた。
 一ノ妙姉さんが姉さんなら、一京さんは兄さん。そんな感じ。

「下で極卒が必死に動き回ってたけど、結構客の受けがいいみたいだな」
「この世界で何が楽しいって聞いたら居酒屋で働くことと神に招待されるパーティで謳うこと、だそうだよ」

 そう、実はもう一人。極卒、という人が居る。私たちの真下……、1階の居酒屋でハニーさんや紫さんと共に働いているのが極卒。
 元居た世界では軍人であったと聞いた。

 初めて彼に会ったときは怖くて、怖くて、仕方なかった。(それが『殺気』だと教えてくれたのは神だったけれど。)でも今は全然違う人になった。
 神の主催する音楽のお祭りに極卒も招待された。彼の音楽は『歌』じゃなくて『謳』だった。それを『演説』と呼ぶことを知ったのは彼の楽曲が終わったあと。
 彼の『声』はとても悲しかった。自分が失ったものを求めているかのような悲しさで。それを訴えるかのような声で。それを謳い終えた彼は神にこう言った。『ありがとうございます』と。もとの世界で叫ぶことの出来なかった言葉を、訴えることが出来たと言っていた。

「一京さーん、紫嬢がお呼びですぞー!」

 下から、声が聞こえる。あぁ、紛れも無い、これは極卒の声だ。
 謳っている声とは違う、居酒屋での彼の声。それは全く違うものだけど、どちらも彼だとわかる。

 そしてこの居酒屋は、平穏な日常を私たちに与えてくれる。

2007/01/08