過去などいずれ消える

「極卒ぅ、そっち運んでくれよ!」
「了解でございますっ」

 居酒屋の看板娘、紫。そしてその経営をするハニーというお方。(未だに女性であるのか男であるのかわからない)
 彼らの元で、世話になっている。

 この世界とは別の場所。僕は軍人であった。
 人を殺すことでしか生きていけなかった僕。何処にでも居るような青年たちのように働いてみたいと、遊んでみたいと。そう願ったことは何度あろうか。

 殺せ。殺せ。全て殺してしまえよ。そう何度言われてきたか。
 それに従うしか生きていけないのだと思っていた。生き抜くためには殺すしかないのだと思っていた。だからそうしていたんだ。誰かに言われるも無く。僕から、殺しに行った。そうでもしなければ僕が死んでしまう。生きちゃ居られないじゃないか。
 元から僕には何もなかった。母も、父も。そして僕自身すら。

 何故かって。僕は両親を殺された。本当なら僕も殺されていたはずだった。何故か僕だけ、死ななかったのさ。
 連れて行かれて、調教されて。人を殺すことでしか生きていけないようにされたのさ。
 でも、やっぱり僕も『ヒト』だから。街を走る青年たちのように、同じことがしたかった。その心を、押さえ込んでいた。押さえ込んで、押さえ込んで、外に出さなければ。僕は完璧な『殺人マシン』さ。
 だから、その夢を心の置く深くへと仕舞い込みながら、僕は軍人として生きていたんだ。

 ある日。僕は兵の士気を上げる為大演説会場へと向かった。

「我々は宇宙に在り!!!」

 僕は拡声器を使って高らかと謳う。

「この濁世の亀裂の深きは!」

 声が歓声と重なる。

 わかってるんだ。僕がこうして訴えて謳っても。彼らに思いは届いちゃ居ない。この『謳』は僕の叫びだと、誰が気付くのか。

「我々は大宇宙の意思!!!」

 次の言葉を口にしようとしたとき、殺気を感じた。僕は思わず避けると、銃弾が肩を掠った。
 あぁそうか、僕は狙われているのか。僕は刀に手を掛けた。それが反射的な動作だった。

 けれど、まるで回りは時が止まったように動かなくなったんだ。何が起きたかわからなかった。敵の策略ならば討つべし。

「よぉ、お前極卒だよな?」

 いきなり現れたのはこの世界にはありえない服装の者であった。
 彼は僕の名を知っている。敵か。敵襲か。身体が動く。無意識に。刀が彼の心臓を一突き―――すると僕は思った。無意識だったけれど。そうだろうと思っていた。けれど。

「あー、敵に見えんのは仕方ないんだけど、あいにく俺はラブアンドピースがご所望なんでね」

 刀を片手で振り払ったんだ。

「まぁ、落ち着け。落ち着かなくてもいいから俺の話を聞け」
「何……っ!?」
「会場の後ろの方で『聞かせて』貰った。お前の『謳』を」
「―――!?」
「紹介が遅れた。俺はMZDってーの。別の世界の神様やってる」

 神だと? 何を言っている。

「皆そう信じてくれねぇんだけどさ。まぁ、とりあえず神なんだよ、俺は。音の神つってな、俺は音で生きてるよーなもん」

 いや、ちゃんとヒトみたいに飯とかは食うし、生活はヒトと同じサイクルだぜ? ただ年の取り方は、ヒトとは比べ物にならねぇけどよ。
 ただ自分の説明をするその男を僕はただ見ていただけだった。

 違う、僕は動けなかった。さっきは動けたのに、全く動けなかった。
 この男の威圧感が、ヒトの並みではなかったんだ。ヒトの頂点に立つような僕ですら動けなくなる程の威圧感だった。

「……そういうわけで、お前のその『音』に惹かれた。で、俺は降り立ったって訳」

 僕の叫びを、聞いたと。あれを、理解して聞いたのか、と。問わずに居られなかった。

「お前は助けて欲しかった。人を殺したくなかった。町を走り回る青年や少年と同じように、遊んだり、働いたりしたかった。それが幾らきついとわかっていても、人を殺すよりはと」
「……!」
「お前は、ただの『殺人マシン』じゃねぇだろ。一端の人間だ」

 彼のその言葉で、僕は壊れた。

 彼は僕の『音』を気に入り、彼の治める世界へ連れて行きたいと言った。僕はこの世界から抜けたいとは思っていたが、いざ考えるとどうすればいいかわからない。ならば、と彼は言う。

「今は時が止まっている。そしてお前は下手をすりゃ死ぬ。時を弄ってお前を死んだことにしてしまえばこの世界からお前は消えることが出来るだろう」

 その提案に僕は乗った。そして、僕はこの世界へと来た。

 今、居酒屋で働いていることが普通となって違和感が無い。悪夢としてあの日々のことを思い出すこともある。謳うだけで思い出すこともある。それは僕への戒めだと思えばいい。

「極卒っ、客が一京の枇杷聞きたいっつーから、上から呼んどくれ!」

 紫嬢の声に僕はあの世界の僕とはまったく違う陽気な声で返すと、上に居るであろう『仲間』を呼んだ。

「一京さーん、紫嬢がお呼びですぞー!」

 今日も、まだ忙しそうだ。

2007/01/08