いつまでも大切な人

 ギィン、と弾かれた剣が弧を描いて練習場内を飛んで行く。その剣が地面に刺さると、そこで審判の声が上がり、勝敗が決した。

「勝者、ナップ・マルティーニ!」

 周囲からわあああ、と声が上がると同時にナップは構えていた練習用の剣を降ろす。今日の授業はこの実技で終わりだったはずだ、あとは見ているだけだろう、と考えていると、組手をしていた相手が大きなため息を吐き出した後、ナップに握手を求めてきた。

「あー負けた負けた……。こりゃ噂は嘘だな、実力が伴ってる」
「噂?」

 なんだそれ、と返すと相手は悪びれた様子で、悪かった、と前置きを入れて言う。

「お前んとこのマルティーニっつったら商家だろ、主席入学ってのも金でも積んだんじゃねえのって噂だったんだよ」
「うわなんだそれ……おれはそんなズルしねえよ」
「ああ、今手合わせして俺も思った。今の剣筋、踏み込み方、ただのボンボンとは思えない。まるで実戦をしてきたような……」

 まるで実戦をしてきたような。その言葉にぎくりとした。
 言えはしないが、帝国軍人や無色の派閥の奴らともやりあってきたのだ、実戦経験面で言えば恐らく同期の中では随一、もしかしたら学生全体でも右に出る者はいない可能性がある。それは自負している。
 勉強だって、ここまでできたのは先生の教え方が上手いからだ。

「剣の扱いとか、勉強とかは先生に教わってたんだ。おれの先生、昔軍学校を主席で出てる人でさ……軍人をやめたあとに先生になった人で」
「まじかよ!? よくそんな人が先生になってくれたな」
「ああ……うん、それはおれも、いまでもよく思う。でも先生がいたから剣だってこうして扱えるようになったし、勉強だってできるようになったんだ。からだを動かすのは好きだったけど、勉強はほんっと苦手でさ……」
「ああー……わかるぜそれ、机に向かってるのってなんでか眠くなるよなあ」
「なんでだろうなあ、ほんと。また機会があったら手合わせしてくれよ!」
「ああ、こっちこそ!」

 練習用の剣を鞘に収めて、剣置き場に置く。がちゃり、と腰に下げている剣が音をたてる。あの島を出た時から肌身離さず持ち歩いている護身用の剣、オーバーロードだ。常に持ってはいるが、この剣は今はあくまでも護身用だ。あの島で使っていた剣だし、大切なものだから手入れは欠かさないけれど。
  練習場の横で待機している学生の中に交じって、次の学生たちの組手が始まったのをぼんやりと見る。
 学生の見なおしてみると、確かに剣筋が甘い、踏み込みが甘い、戦うことが苦手、というような学生が多い。人を傷つけることの覚悟ができていない、とも言うのだろう。まだ戦場慣れしていないのだから、その覚悟が甘いのも致し方ないか、などと考えていると、隣に人の気配がした。

「懐かしいですねえ……。よくアズリアに一方的に組手を求められていましたっけ」
「っ、せんせ……っ!? 着くの夕方って言って……」
「潮の流れがよくて、予定より早く着いたんですよ。さすがでしたね、相手に傷を付けないように、武器を飛ばしてしまうのにはびっくりしました。……誰に似たんでしょうね?」
「ったく、見てたのかよ。さあて、誰に似たんだろうな。で、学生に混じって授業参観とはどうしたんだよ、先生。先生が来てるってことはカイルたちももう着いてるんだろ?」
「ええ。ちょっと用事があって先に街まで出たら、実技の授業をしているのが見えたので……。懐かしくなっちゃって、お邪魔しちゃいました」
「まったく……。ま、先生部外者ってわけでもねえしな。この授業で今日は終わりだから、終わったら船まで一緒に行こうぜ、先生」

 ええそうですね、とアティが言ったところで、笛が鳴る。ナップは顔を上げて設置された時計を見た。授業終了の時間だ。カイルたちももう着いているのだし、早く船に向かおうぜ、とナップはアティに声をかけて二人で踵を返したところで、アティを呼び止める声がした。

「今日の授業はこれで……あれ、あんたあの……アズリア・レヴィノスにいつもふっかけられてたアティか?」

 先程審判をしていた教師がこちらに目をやって、先生の名前を呼んだことにナップは驚いた。あまり学生との関わりはなかった、と聞いてはいるけれど、あのアズリアと主席を争っていた間柄ともなれば、否が応でも注目を集めていたのだろう。
 教師が先生に声をかけたことで、学生の目も自然とこちらに向いていた。
 なんとなくだけど厄介なことになりそうな気がする、とナップは視線を落とす。レヴィノス家の名前が出てくるというだけでも、軍学校に属している者なら知らない者はほとんどいない。そんな名前が出てきたのだから、学生の興味もこちらに向くというものだろう。

「あははは……アズリアの名前が出てくるあたり、彼女の存在の大きさを思い知らされますね……。そのアティで恐らくあっていますよ。ごめんなさい、同期の方のお名前あまり覚えていなくて……」
「ああ、そんなのは全然……。あんたの名前だって、あのアズリアがしきりに呼んでいたから覚えているだけだし。軍を辞めたと聞いていたが、なんでこんなところに?」
「ええ、今はマルティーニの家庭教師で……ナップの先生をしています。いました、が正確ですかね。どうも、うちのナップがお世話になっています」

 その声にまわりがざわめく。ほらいわんこっちゃねえ……、とナップはため息混じりに言葉にした。

「マルティーニの先生!?」
「女だったのか!?」
「さっきマルティーニが言ってた主席卒業の!?」
「アズリア・レヴィノスってあのアズリア・レヴィノスか!?」

 その場にいた学生たちに、あっという間に囲まれてしまう。授業が終わったらすぐ船に行くつもりだったのに、これでは抜けだそうにも抜け出せない。

「っだあ! 押すなお前ら! 先生が潰れるだろ!」
「あ、ありがとうナップ……。いつの間に、学内でこんな有名人になってたんですか!?」
「そんなの、こっちが聞きたいよ! 別に目立つようなことしてねえし」

 入試結果が大変良く、主席ということで入学式では代表挨拶をしたくらいのもので、それ以外では特に目立つようなことをした記憶はなかった。

「あのっ! さっき先生をしていましたと仰っておられましたが、現在はマルティーニの先生じゃないってことですよね!? だったら僕の先生になってはいただけませんか!?」
「いいえ、わたくしの先生にぜひ……! マルティーニほどお給金はお出しできないかもしれませんが……!」
「軍学校で教鞭を執られてはいないのですか!?」
「だああああ! この人はずっとおれの先生だってえの!! おれと先生はこの後用事があるんだよ! どいてくれ! ほら、先生、いくぞ!」

 ぐっとアティの肩を抱いて、ナップは学生の群れから抜けだす。その力強さにアティはどきりとした。
 離れている間にあっという間に背丈は追い越され、変声期を迎えて声も低くなって、手も大きくなって、今更ながらに男女の違いを思い知らされる。

「ったく、野次馬かっての……。あの教師も教師で軽率っていうか……アズリアの名前なんて出したら一発で湧くに決まってんだろ、軍人として名高いあのレヴィノスなんだから……ったく……」
「……あの、ナップ?」
「んだよ、先生」
「えっと、その、もう手を離してくれても大丈夫、なんだけど……な? それにその、軍学校の学生がこうして街中を歩いてたら悪い噂とか……あの、大丈夫かな」

 あたふたとアティの視線は泳ぎ、目のやり場に困らせているその姿をしばらくぱちくりと見て、ぶは、と堪えきれずにナップは笑い出した。

「大丈夫だって。それに、噂になったって構いやしねえよ、先生はずっとおれの先生で、大切な人なんだし」
「も、もう、ナップったら!」
「あははは! これでもマルティーニの長男として社交界に出入りする身だからな、たまにはエスコートくらいさせてくれよ、アティ」
「……じゃあ、今日はお言葉に甘えて。よろしくお願いしますね?」
「ああ、任せとけ!」

2015/05/23
BGM:描きだした君へ(Summon Night Series Soundtracks)

SN3、ナップエンドやってなかったのを思い出してちまちまやってたら、やっぱりナプアティおいしいなあもぐもぐ。大人生徒の中ではいちばんナップが好きです。そのために番外編周回しちゃうくらいには。