家族

「グラッド、確かお前、家はトレイユだと言ったな」

 突然だった。直属の上司であり「紫電」をまとめる戦姫、アズリア・レヴィノスが、かつて駐在軍人として長い間勤務し、帰る場所でもある街の名前を口にした。

「はい、そうですが……隊長、何かトレイユに思い当たることでも……?」
「この間、古い友人が来たときに、これを置いていってな……」

 ばさり、と音を立てて渡されたのは、旅人が評価した料理店を紹介している本「ミュランスの星」の今年度版だった。メモ書きだろうか、紙が挟まっていたページをめくると飛び込んできたのは「忘れじの面影亭」――帝国最年少の料理人・フェアの店、だ。

「その友人の顔なじみが、数年前にそこの主人に厄介になったんだそうだ。その縁で食事をしたそうなんだが、たいそう気に入っているらしくてな。私にも行くといいとこれを……というわけだ。トレイユに家があるのなら知っているかと思ってな」
「ええ……まあ、知っている、というか……なんというか」
「なんだ、歯切れの悪い……」
「その、実は……妻でして」
「――……は?」

◯ ◯ ◯

 部下の身内ならなおのこと行かねばなるまい!と、急に目を輝かせたアズリアを止めることもできず、翌月、グラッドは隊を束ねる二人を連れてトレイユに帰ることになった。
 もちろん、任務ではなく休暇で、だ。

「しかし驚いた、所帯持ちとは聞いていたがまさか、有名料理人が妻とはな」
「ミュランスの星に載る前からも、街の中ではそれなりに名の知れた場所でしたよ。当時は宿泊客はほとんどいなかったのですが……。今では一年先の予約までいっぱいになっています」
「だろうな。……だが、それなのにいいのか、私たちが行っても」
「この間連絡したとき、ちょうどキャンセルがでたところだったそうです。ですからご心配はいりませんよ。――見えてきました、あれがトレイユです」

 街の入口である門をくぐる。前に帰ってきたのは、三ヶ月前だったか。月日が流れるのは早いものだ……と思いながら、街の説明をしようとすると見慣れた姿を見つけた。
 この間、ブロンクス家の家督を継いだ召喚師、リシェルだ。こちらに気づいたリシェルは、ぱっと顔を明るくして歩み寄ってきた。

「あれ、グラッドさんじゃん! おかえりー!」
「おいおいリシェル、ブロンクス家の家長がなにほっつき歩いてるんだよ」
「見回りよ、見回り! 街を治める人間として街のこと見とかないとね! って、そちらのお二人は?」
「申し遅れたな、すまない。アズリア・レヴィノスだ。帝国軍の一介の部隊を率いている。こちらはギャレオ、私の副官をしている……といっても、今は任務ではなく休暇中だ」
「アズリア……紫電の……、隊長さん。あっ、こちらこそ申し遅れました、金の派閥の召喚師、リシェル・ブロンクスです。よろしくお願いします。ってああああー!!」

 いきなり声を荒げるリシェルに驚かざるを得ない。何か問題でもあったのだろうか、と顔をしかめると、そろそろお昼じゃない!と一言。

「ああ……そうだな、なんとか間に合ったみたいでよかったよ」
「ほんとちょうどいい時間だわ!」
「え?」
「今日、アタシ、フェアに店手伝うって言ってたのよ! グラッドさんもはやく! 団体のお客がいるからって、今日はポムニットも手伝ってるのよ!」
「わっ、ちょっ、待てってリシェル! すみません、隊長、副隊長、ちょっと店まで急がなきゃならないみたいなんで説明は落ち着いたら……!」

 ――着いて早々、店まで走ることになるとは思わなかった。
 申し訳ないと思いながら、二人にも走ってもらい店に着くと、店の前に並ぶお客に圧倒される。入り口に並ぶお客を他所に回りこむと、窓を取り払って外に繋がっている食堂に上がる。既に仕込みが済んでいるようで食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐった。
 そんな香りと一緒に、食堂に響いた「リシェル遅い!!」という声に、変わってない、と安堵する。

「うわー! ごめんってフェア! あっ、でもちょうどいいお手伝いを見つけてきたのよー?」
「はい? お手伝……ってグラッド!? おかえりなさい。後ろの人は……そっか、アズリアさんとギャレオさんね?」
「ああ、リシェルが急かすもんだから二人にも走ってもらっちゃって……」
「まったくリシェルったら……っと、お二人ともごめんなさい、今お昼の開店前でちょっと……グラッド! 荷物おいてすぐ戻ってきて!」
「ああわかったちょっと待ってろ! っと、ええと……お二人は」
「ああ、私たちも先程の列に並ばせていただくさ。元々、昼食をここで取る予定でこの時間にきたのだからな」
「すみません、それじゃあまた後で……!」

◯ ◯ ◯

「つ、っかれたああぁ……」

 戦争のようなお昼の時間が終わり、しんと静まり返った食堂の椅子にリシェルとグラッドがぐったりと座り込む。その二人にポムニットが水を差し出すと続いて厨房からまかないを持ってフェアが現れた。

「ふたりともおつかれさま、お昼ごはんだよ」
「待ってましたぁああ!!!」

 ぐったりと座っていたはずのリシェルが起き上がり、目を輝かせる。これが楽しみなのだ。
 グラッドの座っているところにもまかないが置かれる。今日のまかないはどうやらギョウザらしい。

「帰ってきて早々にごめんね?」
「時間が時間だし、そうなるかもなあとは思ってたよ……何事もなく終わってよかった」
「とても助かったよ、ありがとう。……そういえば、あの二人は?」
「食堂に居続けるわけにもいかないからちょっと街を見てくるって。そろそろ帰ってくる頃だと思うんだが……」

 視線を店の出入口にやると、タイミングを見計らったかのようにその扉が開き、アズリアとギャレオが姿を現した。

「……ふふ、人気の店は大変だな」
「おかげさまで。普段はお昼の時だけ来てくれている子がいるんですけど、数日ほど実家に帰るってことでちょうど今、いなかったところで……。見苦しいところを見せてしまってごめんなさい、宿泊の手続きしちゃいますね。おひとりの部屋を2つ……ですよね。キャンセルが出たのは別々の方だったので1階と2階で分かれているんですがどちらにしますか?」
「隊長、どちらにしますか」
「そうだな……どちらでも構わんが……」
「2階の部屋は窓が2つある部屋なので風通しの良い部屋ですよ。夜空も綺麗に見えます」
「そうか……では、2階にしよう。それでいいか、ギャレオ」
「はい」
「アズリアさんが2階、ギャレオさんが1階ですね。それじゃあ……グラッド、アズリアさんを案内してもらっても?」
「ああ、わかった」
「よろしくね。ギャレオさんは私がご案内しますね。こちらにどうぞ」

◯ ◯ ◯

 フェアに言われた部屋を確認し、アズリアをその部屋へ案内して戻ろうとすると、「待て」と引き止められた。

「フェア……だったな。彼女は大した人物だな。お前よりもしっかりしていそうじゃないか」
「はは……耳が痛いです。あいつはちょっと、特殊な環境で育って……5歳の時にこの店を託されたんです」
「ご……っ、5歳……だと!?」

 予想通り、ともいうその驚きに苦笑する。5歳で店を持つなんて、普通では考えられないことだ。そのことを初めて聞いたとき、自分ですら驚いた。
 まして、目の前の人物は、名門といわれるレヴィノス家の子女。同じ年齢の時には、英才教育を受け始めたくらいではないだろうか。
 そんな年齢から、フェアは自立していた。この帝国を探しまわったとしてもきっと、いないだろう。

「……ええ。フェアには妹がいるんですが、彼女があまりに強い力を持って生まれてしまったので父親がそれをどうにかするためにとこの街を出ていってしまって……それ以来、ずっとひとりでこの店を切り盛りしてきたんですよ。だから俺なんかよりずっとしっかりしています。でも……その分、人に甘えることが苦手で、自分で全部どうにかしようとしてしまうんです」
「……そうか。ひとりで頑張り続けてきたヤツというのはだいたいが抱え込んでしまうものだよ。私の友人もそうだった。……大切に、してやれよ。大切な家族だからな」
「はい。だから俺が、あいつに家族ってものを教えてやりたい、家族って幸せなものなんだって……あいつにも感じてもらいたいって思っています」
「ああ、そうしてやるといい」

 ふ、とアズリアが笑みをこぼすとほぼ同時に、フェアが呼ぶ声が聞こえる。きっと材料の買出しかなにかだろう。

「ほら、お前の大切な家族が呼んでいるぞ」
「……はい。夕食も楽しみにしていてください」
「ああ、楽しみにしているよ」

2013/05/18
BGM:つばめ

数年後には子どもがいるよきっと。