誰も気づかなくていい

「ぼーっとしておると手を切るぞ?」
「……そもそも誰のせいよっ!」
「さぁ、誰のせいだろうな?」
「―――~っ…!」

 フェアは顔を真っ赤にして、怒り任せにキャベツを千切りにする。そんな状態で千切りをすれば、手を切ることだって……と遠巻きに見ていたルシアンが危惧していたとおり、フェアはさく、と自身の指の皮を少し切ってしまったようだ。顔が痛みに歪んでいる。

「ほら、言ったとおりだろう。手を貸してみよ」
「何でそんなに用意周到に絆創膏もってるかなあ!」
「ふむ、念のためにいつも所持しているが?」

 セイロンはけたけたと笑いながら、フェアが皮を切ってしまった指に絆創膏を巻く。対してフェアは、絆創膏を貼るセイロンをじっと見ていた。

「千切りくらいならば我がやろう」
「いいよ、それよかあの箱運んでくれない?」
「何かぞんざいな扱いを受けている気がするのは我の気のせいか?」
「気のせいだよ、うん、絶対。兎に角っ、あれ運んでよね」

 そう言って千切りに集中する。セイロンはしぶしぶと箱を運ぶことにした。

 そんな二人を、リシェルとルシアンは客用のテーブルから見ていた。リシェルは呆れ半分にセイロンとフェアを見ていたその目を、心配そうな顔をしているルシアンへと向けた。

「……あんたは、それでいいんだ?」
「いいも何も、もう僕には何もできないよ」
「そんなんじゃ……」

 絶対に気付いてもらえないわよ? と言いたそうなリシェルの顔。それを見て、ルシアンは諦めたような哀愁を漂わせながら、姉に言う。

「わかってるよ。でも、もう、誰にもわからなくていい。気づかれなくていいんだ」

 あの人に気づいてもらえなくても。何かの時には、些細なことでも守ってあげられれば、それで構わない。

「あんたもあんたで、災難って言うか。貧乏くじ引いちゃったわね」
「わかってるから言わないでよ、姉さん」

 少し、苦笑い気味にそう言ってみた。そうしたら姉さんはごめんごめんと苦笑しながら言った。
 そして、彼らはセイロンとフェアを見ていただけだった。

2006/12/21,2012/09/22