notice

「いざやってみると案外難しいものよのう……」
「こういうのは慣れよ、慣れ!」
「そうだね、僕たちもずっと手伝ってきたからこうなってるわけだし」
「リシェルー! タオル片すの手伝ってー!」
「りょうかーい!」

 忘れじの面影亭は、ディナータイムが終わって、その後片付け真っ只中だった。

「ルシアンー! ちょっと量多いから手伝って!」
「うわわわわ、姉さんそれ危ないって! 折角綺麗になったタオルが零れ落ちちゃうよ!」

 その光景を目の当たりにし、ルシアンは慌ててリシェルの手から半分ほど取ると、リシェルより先に片す先へと運んでいった。

「……本当、リシェルとルシアンが手伝ってくれなかったら大変だよ」
「我も居ることを忘れてくれるなよ」
「大丈夫大丈夫、忘れてないよ。皆居てくれるから、こうして忙しいのも凌げるんだから」

 棚に皿を片す。それももう何度もやることで動作的にはいつも同じ。単調作業でしかない。
 昔は一人で片付けるには三脚を持ってくる必要もあって、とても苦労していたのを思い出す。

「セイロン、このお皿上の方にお願い」
「うむ」

 今までは全てと言っていいほど片付けは一人でやっていた。ミュランスの星に認められてからというもの、リシェルたちも後片付けを手伝ってくれるが、やはり高い所へ物を運ぶのは適任者が居なかった。

 戦が終わり、平凡な毎日へ。けれど、この宿には一人、新しい人が増えたのだ。背の高い、その人が。

「しっかしまぁ、ミュランスの星に認められてからっていうもの、宿に泊まる人も一気に増えたわよねぇ」

 ひょこり、とリシェルが姿を現す。その後ろからルシアンの姿も見えた。

「そうだね、逆にキャンセルしてもらわないといけないくらいで」
「それほどフェアさんの料理が美味しいってことだよね。やっぱりフェアさんは凄いよ」
「ううん、料理に関してはセイロンとかシンゲンさんとか……色々と教えてもらったんだから。それがなかったら、今こうしてミュランスさんに認められてはいないと思う」

 セイロンには乾物や漢方、シンゲンには漬物を教えてもらった。それが今も宿の料理として生きている。

「美味い物は誰もが求めるものであろうて。食わず嫌いというのは良くないのだよ」
「そうよねぇ……あたし最初乾物なんて、食べれるものなのかって思っちゃったわ」
「シルターンの料理は、こちらでは珍しいという話を聞いておる。仕方なかろう」
「でも本当に美味しくて、僕、びっくりしたよ」

 食文化とは凄いものだと思う。例え言葉が通じなくとも、料理で通じ合える事だって有る。意外なものが美味しかったり、世界ごとに味覚が違って合わなかったりするけれど。

「そういえば、明日はアロエリとリビエルが来るんだったわ。プリン作っておかないと!」

 くすくすと笑いながら言うフェアに、一同笑みを零す。きぃ、と控えめに扉が開いて、その笑いを破ったのは、他ならぬブロンクス邸のメイドだった。

「あ、ポムニット!」
「お迎えに上がりましたよ、お嬢様、お坊ちゃま」
「じゃあ、僕たちそろそろ帰るね」
「うん、今日もお手伝いありがとう、二人とも」
「また、明日頑張るわよ~!」

 リシェルの意気込みが闇に溶ける。バイバイ、と手を振って、リシェルご一行の姿が闇に消えると、フェアは扉を閉めた。

「リシェルらは帰られたか」
「うん、ポムニットさんに連れられてね」

 くすくすと笑って、それから厨房に立つ。

「私たちもご飯食べなくっちゃねー」
「そうだな、話し込んでいたらすっかり遅くなってしまった」
「あははは、それは良くあることだよ」

 何か晩飯になるものは無いだろうか、と冷蔵庫に手を伸ばす。足が早い野菜は早く使ってしまわないと。

「―――……、フェア」
「何、セイロン」
「いい加減気付いたらどうか、と思ったんだが、はてさて、どうしたものか」
「余計気になるんですけど」
「客人以外に知り合いはおらぬ」
「まぁ、そうね、ここは宿屋だし。一応」

 冷蔵庫に顔をつっこんでいたフェアがはっとしたように振り返り、このニンジンちょっと傷んでるの!ポトフでもいい?といつも通りの反応に、セイロンは「構わぬ」と返事をして、肩をすくめた。
 その動作が、本当はポトフが嫌なのではないかとフェアの目に写ったようで嫌なら別のメニューにするけど……と寂しそうな顔をする。

 料理が嫌だからではない、と告げるとフェアはそれならよかった、とまた冷蔵庫を向く。

 肩をすくめたのは、どうしてリィンバウムに残ったのかを聞かなかったことについてだった。彼女のことだ、きっと事情があるのだろうと聞かないようにしたのかもしれない。
 ならば、残った理由は他ならぬフェアである、ということにも、彼女は気づいていないのではないか。

「我がこのリィンバウムに残った理由、感づいていないとは言わせまい」
「―――!」

 冷蔵庫の中から必要な食材を取り出している少女の肩が、跳ねた。

「ほう、やはり気付いておったか」
「えっと、龍妃様を探す為でしょ? シャオメイに待ってろって言われたから……」
「―――本当にそれだけだと思うか?」

 ぱしん、と扇子を閉じる音が、後方からする。

「いや、だってそれしか考えられないし……」
「……そうか? ならば、それはそれで構わんが」

 後ろでにやりと笑っているような気がする。からかおうとでもしているのかと短いため息を吐き出してから、冷蔵庫から使える食材を取り出して、扉を閉め後ろを向く。
 ―――そこには案の定、笑みを湛えるセイロンが居た。

「……ていうか、何か今日は無駄に怖いですね、セイロンさん」
「別に怖くもなかろう、あっはっは」

 ひゅっ、とフェアの右頬を風が掠める。目の前にはセイロン。後ろには冷蔵庫。

「あの、冷蔵庫が壊れる、んです、けど。そんでもって、夕飯作れないんですけど、セイロンさん……」

 視線を逸らしながらそうフェアは言った。セイロンは「この程度で壊れるものなど使い物にならんわ」などと言って目の前から退く気はないらしい。

「フェア」

 名を呼んで、頬に触れると、びくっ、とフェアは身体を震わせた。

「な……、な、に……」
「声が震えているぞ?」
「か……っ、からかわないで、よ……」
「我は事実を言ったまで。らしくないな、店主よ」

 つ、とセイロンの人差し指がフェアの唇をなぞる。それがどうにもくすぐったくて、びくりと身体を震わせた。
 直後、なにすんの、と彼女の口からでた言葉に、くすくすと笑う。どうやらその反応が気に入らなかったようで、フェアはむすっとした顔をする。

「セイロンの夕飯ナシでいいですか」
「それは困る」
「じゃあどいて、夕飯作るから。……それに、その、お客さんだって、いるんだから、やめてよね」

 気づいていたのではないか、と笑みが零れる。時間はたっぷりとある、急ぐ必要もないか。

2006/12/25 クリスマス関係ない話
2012/09/22修正