幻の総料理長

 旧帝都、ウルゴーラ。ここにはかつてこの場所が帝国として栄えていたときの都がある。そこには、帝国時代から老舗といわれる誰もが名を知る料理店があった。
 その料理店の名は、レストロ・メニエ。「ミュランスの星」と呼ばれる雑誌や料理人の能力を試す資格「ミュランス・テスト」などを生み出したかつての総料理長・ミュランスによって、他国へも名を馳せたことのある料理店だ。

 そのレストロ・メニエの厨房では、夜の仕込みの休憩中、とある話題で持ちきりになっていた。

「おい聞いたか、総料理長、メイトルパから帰ってきたらしいぞ!」
「まじかよ!? 今回結構長かったな……やっと俺の料理を食べていただく機会が巡ってくる!」
「おいおい次はオレだ!」
「いいえ、次こそわたしが!」

 料理人たちが口々に料理を食べてもらいたいという、レストロ・メニエの総料理長。飲食業に携わる者には幻の総料理長、というあだ名を付けられている人物だ。
 彼の者は、伝説といわれる総料理長・ミュランスの直弟子であったと言われている料理人で、ミュランスの後を継ぎ、このレストロ・メニエの総料理長になった歴代初の女性総料理長である。
 彼女は、300年以上前から、ずっと、彼女はこの料理店の総料理長をしていると言われている。また、彼女の料理を食すことができる人物は、かつての狂界戦争を救った人物と深いゆかりがある者だけだ、とも言われる。それ故、彼女自身も狂界戦争で戦ったひとりである、とも噂される。
 その料理人の名前は、フェア。古妖精の血を引くと噂される、今となっては珍しくもなくなった響界種の女性だ。その外見は老いることを知らないとでもいうかのように美しいまま保たれている。

「失礼するよ、総料理長……フェアはこちらかな?」

 レストロ・メニエの料理人でない者がこの厨房に立ち入ることは、通常禁じられている。そんな中、赤い髪の男性が、総料理長を訪ねて姿を表した。

「申し訳ございませんがお客様、こちらはお客様の立ち入りを禁じておりまして……」
「新入りの者で失礼いたしました、ギアンさん! はい、総料理長はいま奥の厨房におりますが……なにかご用件が」
「えっ、ちょ、先輩なんで」
「新入りだから知らなくてもしようがないが、彼は総料理長の旦那さんで、かつてこのレストロ・メニエでウェイターキャプテンをも務められた大変優秀な方なんだぞ!」
「な……!」
「ははは、そうか、何人かセイヴァールから料理人を受け入れたと聞いていたが、君がそうだったのか。ようこそ、レストロ・メニエへ。僕も歓迎するよ。っとそうだ、フェアは奥にいるんだったね」
「はい、新作メニューの考案をしておりますので、しばらくの間は奥の厨房からはお出にならないかと……」
「わかったよ、ありがとう」

 爽やかな笑みを湛えて、さも当たり前のように厨房の奥へ入っていくギアンと呼ばれた男性。総料理長・フェアの夫で、彼も外見に変化がほとんど見られないことで有名であった。

 ギアンは奥の厨房へ入ると、フェア、と妻の名を呼んだ。たくさんの調味料を前に難しい顔をしていたが、その声に振り向き、驚いた顔をした。

「ギアン!? どうしたの、お店まで来るなんて……、セイヴァールに行っていたはずじゃ……」
「ああ、さっき帰ってきたところさ。そこで、君の料理を食べさせたい子がいるのだとアティさんに頼まれてね」
「そうだったのね、おつかれさま、おかえりなさい。アティ先生に頼まれたってことは、本人じゃないのよね。先生はセイヴァールを離れられないし……」
「ああ、セイヴァールでは少し前に冥土の一件があっただろう? 僕が着いた頃にはほとんど収束してしまっていたが……。それに関わり、解決した異世界調停機構の優秀な召喚師の子たちだそうだ。アティさん直々の依頼でレヴィノス家に用があるからって僕と来ていて、今店の前にいるんだが……中に入れても大丈夫かな?」
「先生の頼みとあっては、断れないわね。いいわよ、今日はお得意様用の部屋の予約がキャンセルになったばかりだったし。せっかくだから、今日はそこで夕食にしましょうよ。……職権乱用だけど」
「キャンセルがあったとはいえ、部屋をおさえるのだし、僕がその分の支払いはしておくよ。それなら職権乱用にはならないだろう?」
「ふふ、そうね、ありがとう。それじゃ、腕によりをかけて料理しなくっちゃね!」

2013/12/09

半妖精とはいえきっと300年程度なら生きているんじゃないかな。