忘れられない海の香り

 街の巡回を終えて、いい加減しっかりと寝たいと思いながらも、アベルトの足は自然と郊外のマキス埠頭へ向いていた。
 海を見たい。ただそれだけの理由だ。

 点々と配置された揺らめく街頭の下、埠頭に着くとそこには予想外の人物がいた。染めたわけではないという青の混じった赤髪と、その白く長いコートを風になびかせて、ただひっそりと。
 それはまるで一枚の絵のようで、月が照らす伝説の抜剣者の姿にアベルトは思わず息を呑んだ。

「大校長……」
「……あら、アベルトさん」

 こんばんは、と微笑んでみせる大校長。まるで女神のような佇まいだ。世界を救った、という意味ではあながち間違いではないだろう。

「こんな時間に、こんなところで会うなんて驚きましたよ」
「わたしもです。アベルトさんは巡回中ですか?」
「いえ、今日の巡回はもう終わってます。ただ、とても海が見たくなって、宿舎に帰る前に寄ったんですよ。海を見てるとなんていうか、こう、胸が熱くなるもんで」
「……そうなんですね。私の大切な人も、とても海のことが好きな人でした」

 大校長は、ふわり、と寂しそうに笑みを作る。この表情から察するに、その『大切な人』は恐らくもうこの世にはいないのだろう。
 永い時を生き続けているというのなら、恐らくは。

 この大校長はその人を思い出して海を見に来た、というところだろうか。

「……その人、どんな人だったんです? 差し支えなけりゃ、同じ海好きとしてちょっと伺ってみたいんですが」
「そうですね……、とにかく腕っ節の強い人で、気前のいい人で、しっかりとした信念を持った人で、海がいろんな表情を見せてくれることを教えてくれた人でした。海図に載っていない海の果てを見てみたいんだ、っていつもどこかの海を航海していたんですよ」
「へえなるほど、その人、船乗りだったんですね」
「ええ。アベルトさんも船乗りに興味あります?」
「あいつらに出会うことがなければ、そういうのも良かったかもしれないですね。海は本当にいろんな顔を見せてくれやがるんで。っと、そろそろ俺宿舎に戻ります、朝早いんで。大校長もクレシアさんにばれないうちに戻ったほうがいいですよ、それじゃ!」
「はい、おやすみなさい、アベルトさん」

 足早に埠頭を去っていく警察騎士の姿が闇に消えて、アティは振っていた手を降ろす。
 髪の色、海が好きなところ、意志の強さ。どれとっても、彼はやっぱりあなたたちの血を引いていますね、とアティは誰にも聞こえないように呟くと、しようがないといったような困惑を含んで笑う。

「……ねえ、カイル。ソノラに恋人が出来たなんて言った時は、一家で大騒ぎしましたね。お相手がいい人で、本当に良かったです。こうしてあなたたちの意志を継ぐ子がいて……、さっきアベルトが笑った顔、ソノラにそっくりでしたよ。……だいじょうぶ、寂しくなんてないです。こうして海を見れば、すぐとなりであなたが笑っているのがわかるから」

『惚れた女はアンタひとりだ。あんたと俺が同じ時を走れないことは、とっくにわかってて、それでも俺はアンタと生きたいと思ったんだからよ』

2015/05/25
BGM:Virginal

U:Xでレックスがメインなので、多分ゲーム上の正規ルート的なものでは、アベルトはソノラじゃなくてカイルの子孫なんだと思っています。勘当とか食らってたりしても実家はファナンにあると思うし、なんだかんだ言ってファナンにはたまに帰ってたんだと思う。姪のモーリン助けてたんだし。