初めての生徒

「……い……、……せい、先生!」
「はい!? なんですかナッ……、あ、ごめんなさい、フォルスくん……。どうかしましたか?」

 珍しく学園の校長室にいて、しかも仕事の途中なのにぼーっとしていた、なんていうのはいいわけだ。
 まさか、彼の声とセイヴァールの治安を担う若き召喚師の声を間違えるなんて。確かに、彼は今日久しぶりにセイヴァールへ戻ってくると聞いているけれど。仕事が手に付かないのはそのせいだろうか。

 校長室の机の前にいるのは召喚師のフォルスと、その響友のスピネルだ。

「……先生、今誰かと間違えましたよね」
「えっ、えっと、はい、ごめんなさい。ぼーっとしていたせいですね。フォルスくん、わざわざ校長室にまでいらっしゃって、どうかしましたか?」
「はい、総帥からなぜか書類を持っていくように言われまして……」
「あら、直接連絡してくれればいいのに遠回りですね。まあ総帥も都合が悪いときもありますかね。わざわざありがとうございます、受け取ります」

 フォルスから封書を受け取ると、早速開ける。
 封書は旧帝都への調査部隊派遣に関する報告書だった。ブラッテルン一族による冥土の件があってから、知己の人物を主軸として念のためリィンバウムの各地を調査している。
 別にフォルスを介して持ってこさせるほどのものでもないだろうに、と嘆息しつつ目を通す。問題や異常はないようだ。
 旧帝都には旧知の響界種が二人常駐しているし、何か問題があったら対処してくれるだろう。

(むしろあのあたりは古妖精による結界が効いているでしょうから、そう簡単に破れるものではないでしょうけど)
「わざわざありがとうございます、フォルスくん」
「はい、それじゃあ僕たちはこれで……」

 くるり、とフォルスとスピネルが踵を返すと同時に、バタン!と校長室の扉が乱暴に開いた。
 ノックもなしに……!とスピネルが驚きの声を上げて、更に目の前にガタイの良い男性の姿があり、彼の肩にいる機界の小さな……響友だろうか、そのギャップがなんともいえないバランスで、フォルスとスピネルは硬直した。

「アティー、戻ったぜー……ったく、ジンゼルアも人使いが荒いったら……、っと悪ぃ、来客中だったか」
「ナップ!」

 代理業務を担当してもらっている場合もあるため、彼がこの校長室に入る際ノックをしないのは今に越したことではないのだが、今日は生憎クレシアがおらず、入口の扉にある札を来客中に変えるのを忘れていた。
 驚いていたフォルスがはっとして、アティに向き直る。

「あっ、さっき間違えた名前……!」
「あっ、うわっ、そ、それは内緒ですよフォルスくん!!」
「なんだよ、おれが恋しくて人の名前間違えたのか、せ、ん、せ?」
「ああーもぉー! ナップも調子乗らないでください!」
「別に調子に乗ってるわけじゃないぜ、アンタがおれの先生だってことは間違ってないんだから。異世界調停機構か、でもおれ見たことないな」
「当たり前ですよ、私だって最近まで大校長であることを隠していたんですから、あなたの存在を知らなくたっておかしいはなしじゃないんです。ラディリアが彼らの担当管理官です」
「ああ、あのラディリアが……。で、ばれたってわけか」

 にしし、と笑ってみせるナップにアティは唸りながら机に突っ伏した。魔剣のひとつ『不滅の炎(フォイアルディア)』の適格者である彼は、アティ同様に永い時を生き続けているひとりである。尤も、今現在はその剣を振るうことはない。
 セイヴァールを離れられないアティのかわりに派遣任務を行っていたり、討伐隊に加わったり、異界に行ったり、とにかく様々なことを担当してくれている。そのせいで、会えないことも多いのも事実ではあるのだけれど。

「ぐ……。仕方ありません、紹介します。彼はナップ・マルティーニ、書類上は異世界調停機構所属なので、フォルスくんたちの先輩にあたります。フォルスくんたちのように表立った任務をしているわけではないので、知っていたのはジンゼルアと龍姫くらいです……」
「というわけだ、よろしくな、えっと……」
「は、はじめましてナップ先輩! フォルスです、こっちは僕の響友でスピネルといいます」
「スピネルです、よ、よろしくお願いします!」
「フォルスとスピネルか、よろしく! アティが迷惑かけてないか? 仕事を抜け出すのは今に越したことじゃないけど、戦いになるとすぐ自己犠牲を厭わない人だからさ」
「もお、ナップ!」
「だってそうだろ、見ててヒヤヒヤするのはこっちなんだぜ?」

 指摘されたアティは、う、と短く唸ってからしゅんとなって下を向いた。その姿があまりにも普段の印象と異なるものだから、フォルスもスピネルもくすっと笑ってしまう。それから、先程ナップが口にしていた言葉を思い出してはっとする。

「あっ、さっき! さっき、ナップさんが『おれの先生だってことは間違ってないって』……」
「あっナップ、余計なことは言わないでくださいよ!」
「いいじゃん、フォルスっつったらこの間の冥土事件解決した召喚師だろ、ジンゼルアとオウレンがしきりに気にしてたあの……。ああ、おれこの人の最初の生徒なんだよ」
「最初……、えっ、最初!? ちょっ、ちょっとまってください、大校長って響融化以前から……、えっ……じゃあ……えっ!?」
「に、兄さま! 気持ちは、わ、わかりますけど! 人を! 大校長を! 指で指すのはいけません!」
「ああもう、ほら、言わんこっちゃないじゃないですか! クレシアに怒られるの私ですよ!」
「はは、まあそういうわけだ。街で会うこともあるだろうけど、『冒険者』ってことにしておいてくれ。よろしく頼むよ、フォルス、スピネル」
「えっ、あっ、は、はい!?」

 にっ、と笑ったその男性は、目の前の大校長同様に全く老いを感じさせなかった。

2015/05/24
BGM:Preserved Roses